猫になったミケ

ロクエー

第1話

未来。AD1100年。曙光都市エルジオン。

人通りを何気なく歩くアルドが足を止める。


「ん?」


アルドの視線の先には数名で口論する男たち。


「無茶だ!ハンターに頼んだほうがいい!怪我するぞ!」

「いやこれ以上迷惑かけるわけには……!私は行きます!」


メガネの男が飛び出す。

男の一人が言った。


「おいちょっとそこの!見慣れない格好の人!」


アルドが自分を指差す。


「俺か!」

「ああ!その人止めてやってくれ!」

「分かった!」


アルドは向かってくるメガネの男を捕まえる。

メガネの男が藻掻く。


「なんですかあなたは!離していただきたい!」

「通りすがりだけど、あんたちょっと落ち着いたほうがいいって。どうしたんだ?」


追いついてきた男達が答える。


「そいつの姉さん、たぶんルート99に行ったみたいなんだよ。一人で」

「しかもまだ帰って来てない」


アルドが顔を引き締める。


「ルート99か……それは危ないな」


メガネの男が言った。


「だから急いでいるんです!合成人間に出くわす前に助けに行かなくては!」

「あっ!」


メガネの男が隙を見て飛び出す。

アルドは引き止めて言った。


「ちょっと待てって。あんたのお姉さんの名前は?」

「え?ミシャムですが」

「よし、じゃあ探してくるよ」

「え!」

「これでもまぁ、ハンターみたいなもんだからさ。任せてくれ」

「いやしかし……!馬鹿な姉のために身知らずのあなたにまで迷惑をかけるわけには……!」

「いいからさ。俺、困ってる人はほっとけなくて」

「ですが……!」

「じゃあ行ってくるからあんた達はここで待っててくれ」

「あ!ちょっと!」


アルドはメガネの男の止める声も聞かず走り出した。


(ちょっと強引だったけど、もし本当に一人でいるなら危ない。急いでルート99に行って探そう)


・・・


ルート99奥地。

アルドは歩みを止めてあたりを見渡す。


「まずいな。もしかしたらもっと奥のほうに行ったのかもしれない」


そのとき。


「しまった~!」


女の声。


「あっちか!」


アルドが走る。


ルート99最奥地。

攻撃ドローンを引き連れた危険な合成人間が女ににじり寄る。


「女!一人でここまできたのは間違いだったな!」

「確かに迂闊過ぎたわね……!」


女が後ずさる。そして意を決して逃げ出した。

合成人間がすかさず号令を下す。


「行け!」


攻撃ドローンが宙を駆け一気に追いつく。

その瞬間。アルドが剣で攻撃ドローンを両断する。

アルドが言った。


「あんたミシャムだな!」


女が戸惑いがちに答える。


「え、ええ。そう!」

「俺はアルド!ミシャム!あんたの弟さんが心配してたぞ!」

「キムリットが?」

「とにかくここは俺がなんとかする!下がっていてくれ!」

「ありがとう!」


ミシャムが下がる。


「よし行くぞ!」


アルドは合成人間に飛びかかった。


……そして。


「ふぅ、終わったな」


アルドは合成人間の撃破を確認すると剣を下ろす。

ミシャムがアルドに駆け寄る。


「すごい。あっという間にやっつけた」

「間に合ってよかったよ。怪我は?」

「大丈夫。改めてありがとう。ほんと危機一髪だったわ」

「いや、まだどこかにいるかもしれない。しっかり着いてきてくれ。弟さんのところまで送るよ」


ミシャムが言った。


「その、悪いんだけど今はまだ帰れないのよ」

「え?なんでだ?」

「私、ある研究を個人的にしててね。故障しちゃった研究機材を修理するパーツがどうしても必要なのよ」

「だからこんなところに来てたのか」

「そう。ここなら色々パーツが落ちてるし拾ってもタダだから」

「そのパーツってどんなのが必要なんだ?」

「ちょっと待ってて」


ミシャムが先程の戦闘でアルドが蹴散らした攻撃ドローンの残骸を物色する。


「えーと、あっこれね」


ミシャムがパーツを拾い上げアルドに見せつける。


「これは真っ二つになっちゃって使えないけど、こういうやつが3つぐらいいるのよね」

「じゃあ俺がとってくるよ」

「え!本当に!?」

「それならあんたも街に帰ってくれるだろ?」

「ありがとうアルド君!すごく助かる!私の研究が完成したあかつきには全人類の夢の貢献者としてあなたの名前が歴史に刻まれることでしょう!」

「いやそこまでしなくても……」

「さぁそうと決まれば善は急げ!街までエスコートお願いしますわ!」


意気揚々と進むミシャム。それをアルドは慌てて追った。


……そして。


ルート99入り口。

アルドがミシャムの背中を見送る。


「よし。ミシャムも無事送り届けたし、パーツを集めてしまおう」


・・・


曙光都市エルジオン。

メガネの男が人通りでミシャムを叱りつける。


「姉さん!あなたという人は!」

「ちょっと待ってキムリット」

「なんです」

「そのくだり、もう6回目。全く同じ。もううんざり」

「だからなんです!たかが6回!言っても分からない誰かがバカなんでしょう!」

「そうね。全く同じやり方で違う結果を求める誰かさんがバカってことよね」

「な……!」

「あんたが先でしょ……!」


一触即発。メガネの男キムリットとその姉ミシャムがにらみ合う。

横にいたアルドがおずおずと切り出した。


「あー、二人共そのへんにしたらどうだ?」


姉弟がハッと我に返る。

周りにはなにごとかと人だかりができている。

アルドが言った。


「とりあえず場所変えないか?」


ミシャムが言った。


「アルド君、パーツはもう大丈夫なの?」

「ああ。三つとも集めたよ」

「じゃあ、ちょっと確認だけでも」


キムリットがピシャリと言った。


「姉さん!私の話は終わってないでしょう!」

「なに?あんたは引っ込んでなさい!」


アルドが言った。


「そこまでだ!ミシャム、パーツはあとで渡す」

「なんでよ」

「今は二人共ちゃんと落ち着く必要があると思う。またあとでここに集合しよう。諸々それからでいいよな?」


アルドの提案に姉弟からの異論はなかった。


・・・


約束した集合場所。

姉弟がアルドに頭を下げる。


「この度は姉が多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「色々本当にありがとう」

「時間を置いて正解だったな。じゃあこれ」


アルドがとってきたパーツをミシャムに差し出す。

ミシャムが受け取る。


「ほんっとうにありがとう!早速機材を修理してもらわないと!」


キムリットが走り出すミシャムの前に立ちはだかる。


「さっきみたいなことがあったのにまだ研究ですか」

「当然」

「ならここは通しません。姉さん、今日という今日は研究をやめてもらいます」

「研究者にまた根比べで勝負?」

「いえ、こうしている間に業者に姉さんの家にある機材を全て回収してもらいます」

「なんですって!」

「すでに頼んであります。そろそろ来る頃でしょう」

「ど、どけ!」

「通しませんよ」


キムリットが通り抜けるようとするミシャムをブロックする。

何度かの攻防ののち、ミシャムが距離をとった。


「か、考えろ……!突破法を……!」


ミシャムが考え込む。

アルドはキムリットに言った。


「ちょっと強引すぎるんじゃないか?」


キムリットが答える。


「こうでもしないとこの人止まりませんから」

「確かにちょっと無茶だけど、人のためになるようなことしてるんだろ?」

「いえ、子供じみたバカな研究です。本当に」

「一体なにやってるんだ?」

「それは……」


答えかけた瞬間、ミシャムが声をあげる。


「分かった!」


キムリットが呆れる。


「なにが分かったんです姉さん」

「キムリット!賭けをしましょう!」

「賭け?」

「そう!次の実験でなにも成果がなかったら、私はきっぱり研究はやめる!」

「逆に成果があれば続けたい、ですか」

「どうよ!」

「では条件が一つ。ルート99に行くような無茶はもうしないと約束してもらいます。もし必要ならせめて信用出来る誰かに頼ってください」

「分かった。約束。もし破ったら問答無用ってことで」

「決まりですね。では、業者に取りやめの連絡してきます」


キムリットが去り際に言った。


「姉さん、健闘を祈りますよ。まぁ私の勝ちでしょうけどね」


キムリットが去る。

ミシャムが頭を抱える。


「はぁーどうしよう……!時間は稼げたけどさぁ……!」


アルドが言った。


「なぁミシャム」

「え、なに」

「俺になにか手伝えることないか?」

「え?いや、ダメダメ!ちゃんとお礼もできてないのに!」

「ここまできたらちょっと気になるっていうか。ダメかな」

「う~ん……分かった。好奇心は大事よ!そこまで言うなら協力してもらうわ!」

「ところでミシャムはなんの研究をしてるんだ?」

「言ってなかったかしら?人を猫にする研究よ」

「なんだって……?」


アルドが自分の耳を疑う。


(もしかしてとんでもないことを引き受けてしまったんじゃないか……?)


ミシャムが言った。


「さぁアルド君!私はあなたが持ってきてくれたパーツで機材を修理するから、その間にちょっと薬品を買ってきてちょうだい!はい、これメモね!」


アルドが生返事する。頭には疑問が尽きない。


(人を猫にするってどういうことなんだ……?なぜ……?)


「じゃあ頼んだわよ!」


ミシャムが走り去る。


(そんなこと本当に出来るのか……?未来の技術はそこまで……?ひょっとして冗談なのか……?)


アルドが顔をあげる。


「なぁミシャム……あれ?いない……メモ……?」


アルドがメモを確認する。


「とにかく、集めてこよう」


・・・


「メモのとおり集めたはいいけど……」


アルドが周囲を確認する。


「ミシャムがいない……なんとなくこの場所に戻ってはみたが……」


アルドは途方に暮れる。そのとき。


「あっ!アルド君!」

「ミシャム!」

「よかった!ここにいたのね!」


現れたミシャムがアルドに駆け寄る。

アルドが胸を撫で下ろす。


「よかった……もう会えないかと思ったよ」

「ごめんなさい!よく考えたら私の住所とか知らなかったよね!」


アルドが薬品が入った袋を渡す。


「とにかくメモのとおり集めてみたよ」

「うん完璧よ!」

「ところでさ、人を猫にするってどういうことなんだ?」

「え?まんまよ。私は猫に変身出来る薬を研究してるの」


アルドがあっけにとられる。


(弟さんの気持ちが少し分かった気がするな)


ミシャムが言った。


「あらアルド君、これでも歴史ある由緒正しい研究なのよ。それこそ遡れば人々が大地で暮らしていた時代から!」

「嘘だろ!?」

「……諸説あります。でもポツポツいたっぽいのよね」

「世界は広いな……」

「でも誰も成し遂げられていない。それがなぜだか知りたくない?」


ミシャムがアルドに詰め寄る。

アルドが困惑気味に言った。


「だってそもそも無理なんじゃないか?」

「その常識を覆してきて今の我々はここにいるのだよアルド君!今まさに足元で踏んづけてるこの浮遊都市だって、誰もが最初は浮かせるのなんて不可能だと言った!でも、飛んだ!」

「おお。なんかワクワクしてきたな俺」

「でしょ?私のやってることはまさに知恵と機転の大冒険なのよ!」


アルドが前のめりに言った。


「なぁ次は俺なにを手伝えばいい?」

「なら弟にこう伝えて。じき人が猫になる第一歩が踏み出される、ってね」

「ということは……」

「そう。あなたのおかげで無事次の実験の準備が整ったわ!」

「やった!」

「薬を作るのにちょっと時間がかかるから、ついでに弟のところで時間を潰すといいわ」

「分かった!」


・・・


「えーと、ミシャムが言うには確かキムリットはこのへんに住んでるんだよな」


アルドが住宅を一軒ずつ確認する。

そこにやってきたキムリットが声をかける。


「おや?アルドさんじゃないですか」

「あっ、ちょうどよかった。探してたんだよ」

「私を?」

「ああ。実は……」


アルドから事情を聞いたキムリットが言った。


「そうですか。とうとうこの時がやってきてしまいましたか」

「そんなに研究を続けさせたくないのか?そりゃ人を猫に、なんて突飛すぎるけどさ」

「いえ、逆です。姉さんには研究を続けてほしいんです」

「どういうことなんだ?」


キムリットがためらいがちに言った。


「実は私達は早いうちに両親を亡くしてましてね。そのせいでしょうか、姉は随分と私を優先してくれたんですよ。姉にだってしたかったことは色々あったでしょうに」


キムリットが顔を下に向ける。

アルドはただ言葉を待つ。

キムリットが顔をあげて言った。


「だから例え猫になる研究だったとしてもそれが姉さんのしたいことならずっと応援していくつもりだったんです」

「でも無茶ばかりするから、か」

「ええ。楽しくて仕方ないんだと思います。特に最近はまさに没頭していました」

「それで一人でルート99にも行ったんだな」

「とはいえ私も強引すぎました」

「いや分かるよ。俺の場合は妹だけど、もし妹がそんな無茶し始めたら絶対止めるしな」

「アルドさん、姉の実験はどうなると思いますか?」

「きっとうまくいく。それでもう無茶しないようにその思いをちゃんと伝えたほうがいい」

「夢を追う姉に届けばいいんですが」

「そのときは俺も一緒に説得するよ。さぁそろそろ行こう」

「そうしましょう。姉の家に案内します」

「頼むよ」


・・・


ミシャム宅周辺。

キムリットが言った。


「ちょっと待っててくださいアルドさん。姉を呼んできます」

「わかった」


キムリットが歩いていく。

アルドがその場を行ったり来たりする。


(なんか落ち着かないな。本当に猫になるんだろうか)


「……ん?」


アルドの足が止まる。

視線の先にはどこかへ走っていく女。


「あれ、ミシャムじゃないか……?」

「アルドさん!大変です!」


キムリットがアルドに駆け寄る。

アルドが言った。


「どうした!?」

「姉の部屋に書き置きが……!」

「『大事なものを忘れていたのでルート99で探してきます』だって……!?」


キムリットが重い口を開く。


「こうなっては仕方ありません。私は約束通り姉の機材を回収する手はずを整えます」

「キムリット……」

「アルドさんは姉を連れ戻してくれませんか」

「分かったよ」

「よろしくお願いします」


走るアルド。途中で振り返って言った。


「でも俺が帰ってくるまでは待っててくれよな!」

「分かりました」


アルドはうなずくと再び走り出した。


(よし!ルート99に急ごう!)


・・・


ルート99奥地。

アルドはあたりを見渡す。


「まずいな。もしかしたらもっと奥のほうに行ったのかもしれない」


そのとき。


「しまった~!」


ミシャムの声。


「あっちか!」


アルドが駆ける。


ルート99最奥地。

攻撃ドローンを引き連れた危険な合成人間がミシャムににじり寄る。


「女!一人でここまできたのは間違いだったな!」

「確かに迂闊過ぎたわね……!」


ミシャムが後ずさる。そして意を決して逃げる。

合成人間がすかさず号令を下す。


「行け!」


攻撃ドローンが宙を駆け一気に追いつく。

その瞬間。アルドが剣で攻撃ドローンを両断する。

アルドが言った。


「ミシャム!話はあとだ!」

「ええ!下がってる!」


ミシャムが下がる。

アルドは合成人間に飛びかかった。


……そして。


「ふぅ、終わったな」


アルドは合成人間の撃破を確認すると剣を下ろす。そして振り返ると言った。


「ミシャム」

「また助けてもらちゃったね」

「大切なものは見つかったのか?」

「まぁね。これ」

「それは?」

「子供の頃、弟にもらったキーホルダー」

「猫が二匹ついてていいな」

「かわいいでしょ。これ姉弟猫みたいでさ、白い方が姉で黒いほうが弟。いつも一緒で仲良しなんだって」


ミシャムがキーホルダーを眺める。

アルドはミシャムの気が済むまで待つ。

ミシャムが言った。


「前ここに来たときにさ、よりによって弟のほうだけとれちゃってたんだから困るっていうかなんというかさ」


アルドが言った。


「見つかってよかったな」


ミシャムが強くうなずく。


「ええ。本当によかったわ」


ミシャムがキーホルダーをしまって言った。


「さぁアルド君、街までエスコートしてくださるかしら」

「ああ。戻ろう」


・・・


曙光都市エリジオン。


「姉さん、こんなものをまだ……」

「物は大切に、よ」

「それ、子供の頃何度言ってましたね」

「母さんの受け売りよ」

「え、そうなんですか?」

「覚えてないの?あ~あ、きっと母さん天国で泣いてるわ」

「それだけは想像できませんね」

「私も」


姉弟が同時に笑う。


「わはは!」


アルドが言った。


「とにかく、一件落着してよかったよ」


キムリットが言った。


「いや、まだ終わりではありません。姉さん、約束通り機材は回収して研究はやめていただきますよ」

「仕方ないわよね。業者呼ばなくていいから。自分でやりたい」

「え、本当かミシャム!?」

「だって約束しちゃったもの」

「なぁキムリット、せめて今回の実験だけはやり通してあげれないか。ほら俺だって手伝ったろ?」

「まぁそれを言われると弱いんですが」

「アルド君、ごめんなさい!全部私が悪い!」


ミシャムが頭を下げる。

アルドが名残惜しそうに言った。


「そっかぁ。まぁ仕方ないよな。分かった、俺も機材を運ぶの手伝うよ」

「助かります。では今から全部私の家に持っていきましょう」

「ちょっと待って。なんであんたの家に持っていかなくちゃいけないのよ」

「実は姉さんの研究を引き継ごうと思ってまして。助手を探しているんですが、姉さんどうです?一緒にやりませんか?」

「あ、あんたって昔から真面目な顔でそういうこと言うよね」

「それでいいのか!?」

「あくまで私の研究ですから。アルドさん、私初めてなんですけど成功すると思いますか?」

「う~ん」


アルドが腕を組む。そして言った。


「助手次第じゃないかな」


キムリットが言った。


「なら大丈夫ですね」



第一話終わり

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