第3話 乾妖精と生ける影
布団に入ってからも翌日の学校でも。文字通り丸一日悩み続けたが、エンマは再び一人で乾家へ向かった。せめて同行者がいればと思ったが、瑠々子に強く戒められている。
「だいたい、あの人を信じる理由もないんだけど」
愚痴りながらも昨日と同じように2階の部屋の前まで辿り着き、時刻を秒まで計ってドアを開けた。
「おー、瑠々子久し振りー。何かいい頼りでもー……って、だれー?」
窓際に寄せた椅子の上に立ち、長身の女性がカーテンレールにロープをくくり付けている。振り返りエンマの顔を見るや否や、驚愕の表情で椅子から転げ落ちた。
「だ、だいじょうぶですか!?」
「う、うーん、へいきー。瑠々子以外が入ってくるなんて考えもしなかったからー」
化粧っ気のない顔に、人の良さそうな笑みを浮かべる。年の頃は、瑠々子と同じくらいだろう。
「まー、お茶のひとつも出せないけど、座ったら―?」
何から聞いてよいのやら分かずに、エンマは勧められるままリビングテーブルの前に腰を下ろした。昨日は慌てていてろくに室内を観察できなかったが、窓とドア以外の壁は全て棚が設えられており、真新しいペーパーバックから革の装丁を施された古書までが、雑然と詰め込まれ、床まで溢れている。隙間々々には、鉱物や干した植物の葉、何とも知れない動物の干物が押し込まれ、古い書物の埃臭さと交じり、怪しくも奇妙に落ち着く匂いを醸し出している。
「あの……いま何してたんです?」
カーテンレールにぶら下がるロープを眺めながら、エンマは聞いてみた。垂れた先が輪になっており、妖精は強度を確かめるように引っ張っている。
「うーん? 首吊り用ねー。
「えっ? うん……え?」
「上手く行けばねー、追い付かれていない状態を繰り返して、逃げ切った結果に近い形になるはずだったんだけどー。相手のほうが上手で、逃げ切れる確率は半分だったみたい―。性格悪いよねー。だけど、今回みたいにー、まだ捕まってない状態でループを作る余裕もないから―、7時以降に捕まった状態を確定させないように、自分で死なないとだしー」
「は、はぁ……」
「瑠々子がなにか、いい案見付けてくれたのかと思ったんだけどー?」
「その……アドゥなんとかに捕まると、どうなるんですか?」
「たくさん痛い思いして、体液を全部吸い取られるのー」
曖昧だった瑠々子の説明の理由も、分からなくもない。エンマには、のんびりと語られる妖精の説明の半分も理解出来なかったが、昨日見たミイラ状の屍体がおっとりした妖精の姿と重なり、結論だけは強く鮮明に脳裏に刻まれた。
「それでー? エンマちゃんはどうしてここに来たー……来るように言われたのかなー?」
妖精の現状に比べれば、自分の置かれた状況など珍しいものでもない。信じては貰えるだろうが、妖精は他人に関わっている余裕があるのだろうか? そんな疑問を抱きながらも。エンマは促されるまま事情を説明した。
「そういうことかー。……うーん、分かった。それじゃー手早くやってみようかー」
妖精は虫の形をしたグミを食べたら本物の虫だったような表情で、うろうろと室内を歩きながらエンマの話を聞いていたが、やがて派手に本の山を崩しながら香炉と乾燥させた黒い植物の葉を掘り出し、リビングテーブルの上に並べた。
「エンマちゃんには7時には部屋を出てもらわなきゃだけどー、キまれば時間はあんまり関係ないしねー」
「キまるって……何するんです?」
「いいからいいから―。リラ―ックスしてー」
質問に答えることなく、妖精は香炉で黒い植物の葉を燻す。エンマの頭はぐらりと揺れ、テーブルに突っ伏した。
『ちょっとー! これ、危ないドラッグじゃないんですかー!?』
「うん、いー感じにキまってるねー」
抗議の声をあげると、妖精の声は足元のほうで聞えた。見ると、テーブルに突っ伏している自分の姿が見えた。
『!???』
「
混乱し、ぐるぐると部屋の天井付近を回るエンマだったが、妖精がちょいちょいと時計を指すと、すぐに自分たちの置かれている状況を思い出した。18時47分。あと15分も残されていない。
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