第100話 栄光への茨の道
優勝候補である日奥第三を食った蝦夷農産は、その勢いのまま横浜学一も撃破した。
今年は打撃のチームであるだけでなく、ピッチャーも強力に成長している。
桜島は相変わらずの攻撃力で、二回戦を突破。
蝦夷農産と桜島の、激しい打撃戦が準々決勝では期待される。
帝都一は前評判通りに勝ち進み、大阪光陰のいない大阪代表、理聖舎も勝ち進む。
青森明星はエースが奮起して、東北に初の優勝旗をもたらさんと、相手の瑞雲を完封。
桐野と天凜は、天凜が序盤に大量点を取って、それを追いつき切れなかった桐野が敗北した。
ベスト8が決まった。
過去最高に弱いチームだと秦野は認識しているが、それでもどうにかここまでやってきた。
明倫館 対 白富東
蝦夷農産 対 桜島実業
帝都一 対 理聖舎
青森明星 対 天凜
関東二校、近畿二校、九州、北海道、中国、東北と、かなり綺麗に分かれた感じである。
残ったチームの中では、おそらく明倫館と帝都一、そして理聖舎が白富東にとって相性の悪い相手だ。
そうは言っても帝都一は、チーム力自体が強力なので、どんなチームにとっても怖いチームではあるが。
去年の夏、明倫館と帝都一には勝っている。
だが明倫館と帝都一は、神宮大会に出場した。
それに対して白富東は、関東大会のベスト4で負けている。
三年の離脱による戦力の低下は、おそらく一番白富東が大きい。
強豪の多い関東なので、いちがいにそのまま実力差とは言えない。
ただそれを言うなら近畿では、大阪光陰が負けているのだ。
白富東の夏三連覇を阻んだ大阪光陰が、秋の大会であっさり負けているのは、高校野球あるあるである。
大会九日目、第一試合。
一番早い時間から始まる試合は、注意していないと体調が上手く整わない。
野球部は早寝早起きだというのは事実である。
白富東もそれは同じで、ただ他のチームと違うのは、夜は早々に練習は終わるということだ。
あとは自分が、自主トレでどれだけ鍛えられるか。
やらされていると感じている選手は、白富東では成長しない。
もっともそんな選手は、わざわざ白富東に来ないだろうが。
明倫館の打線も、左打者が多い。
地域のシニアや、下手を知れば学童野球の頃から、学校職員扱いの大庭が、ちびっ子どもに野球を教えるのだ。
利き腕、利き目、そして軸の偏りなどを見て、右打者か左打者を判断する。
そしてどちらもいけるなら、左打者にしてしまうのだ。
単純に一塁までの距離が一歩近いのと、右腕の投げる球が見極めやすいということで。
そのため白富東の先発は山村ということになる。
カーブを上手く使って、球数の少ないうちに打ち取りたい。
幸いなことに先攻が取れた。
戦力的に負けている相手には、まず先取点で心理的な優位に立たないといけない。
明倫館のエースは、去年は二番手だった品川。
左のサイドスローであるが、今年の白富東は、去年に比べれば右のスタメンが多い。
肝心の三番悟と、四番の宇垣は左打者であるが。
他にも先頭の大石も左だ。
右打者で頼りになるのは、二番の宮武と五番の上山。
この二人の間にいる左打者がどう働くかで、この試合は決まるかもしれない。
左のサイドスローの、いわゆる右打者に投げるクロスファイアー。
おそらく左打者にとっても、最も打ちにくいボールの一つであろう。
左のサイドスローに負けたというのは、去年のセンバツの帝都一の青山を思い出す。
あれから地味に、左対策はしてきていた。
だがそれは淳がいた間である。淳は元々は左のサイドスローだったので、それを想定してバッティング練習をしていたのだ。
しかしまだその練習の感覚は、体の中に残っている。
一番大石があえなく凡退したものの、二番の宮武はこの大会、いい働きをしている。
出塁率は五割に近いし、ホームベースを踏む回数も多い。
本人としては、せめてサードではなくセカンドを守りたいという葛藤などもあるのだが、サードからファーストに強く投げるのは、石黒よりも宮武の方が優れているという判断だ。
これが花沢が守備に入っても、やはりセカンドになる。
宮武の方がむしろ上手いぐらいであるのは秦野も分かっているのだが、守備負担を軽くしている分、バッティングで貢献してほしいのだ。
白富東の野球部のキャプテン。
そんな大変な役割を、責任感を持ってやってくれている。
まあ大学はいいところに推薦してもらえるだろう。頑張れ。
この初打席も選んで、塁に出た。
最近の試合のパターンである。
そして打席に入るのは三番の悟。
この大会もホームランを打っていて、間違いなく白富東最強の打者であり、甲子園出場チーム全員の中でも、バッティングは五指に入るであろう。
ただその悟も、品川のサイドスローは厳しい。
外角を掠めるようなストレートでは、打ってもレクトへのファールにしかならないのだ。
かといって見逃しても、ボールとコールしてくれるかは微妙だ。
左打者に対して、極端に被打率のいい品川。
そのクロスファイアーが、序盤を支配する。
三番の悟も、四番の宇垣も凡退し、宮武は一塁残塁。
どうせなら足でかき回していった方が良かったのかもしれないが、いまさらである。
この一回の裏を、しっかりと抑えてほしい。
そう思ったのだが、相手の先頭バッターは粘る。
あの粘りが、大石にもほしいものだ。
ここで粘られても、しっかり打ち取るのは文哲なのだが、山村はボールの威力で勝負しようと思って、カーブを曲げすぎてゾーンに入らないことがある。
上山はそういう時、相手の得意なコースにあえて威力のある球を投げさせて、打ち損じを狙う。
この一番もショートフライに倒れた。キャッチャーの功績である。
孝司がドラフト指名されるようなキャッチャーだったのであまり目だっていなかったが、上山も間違いなく全国レベルのキャッチャーである。
ジンや孝司のような、ピッチャーに挑戦するような好戦的なリードはしないが、打たれる確立の低い配球をしつつ、勝負どころでは逆に投げさせたりもする。
本来は得意なコースに投げ込むのは、バッターの意表を突くことが出来るし、得意なコースを打てなかったことでプレッシャーを与えることも出来る。
性格は極めて善良なのだが、勝負事においては裏をかくことを躊躇しない。
現役時代の秦野に、一番近いキャッチャーだ。
もっともバッティングのセンスは、上山の方がかなり上だが。
どうにか一回の裏をしっかりと抑えた。
二回の表はその上山からなのだが、白富東は下位打線が弱い。
国立の指導で、ある程度改善はしているのだが、当て勘に優れた人間が少ないのだ。
大介やアレク、悟などは、どうして初見のその球が打てるんだ、ということをしでかすことがあった。
だがこんな特殊能力を、持っている人間の方が異常なのである。
上山はレフトフライに倒れ、塩崎と石黒も内野で処理される。
それでも平均的には粘れているので、悪くはない展開だ。
(山村もそこそこ打てるんだけど、左だからなあ)
さすがに真田ほどではないが、左バッターには強い品川である。
二回の裏には二本のヒットがあったが、好守備に助けられて失点は防ぐ。
だがここまでで既に、山村は精神的に消耗しているらしい。
左バッターの多い明倫館だが、山村のカーブについていっている。
カーブは基本的に見逃すかカットして、ストレートを狙っているのだ。
チーム力の差と言うよりは、チームの統一力の差と言うべきか。
現在のチームだって秋から冬をかけて、しっかりと練習とトレーニングを続けてきた。
むしろ秦野にとっては、去年よりも指導はしやすかったぐらいだ。
まあ国立がバッティングを受け持ってくれているというのはあるが。
今のチームの問題点は、異分子がいないことだ。
同じ構成員でチームを作っていることは、強いように思えるだろうが、実は脆い。
接着剤というのは、必ず必要なのだ。
今年だって問題児はいるではないかと言われるかもしれないが、問題児であることと、異分子であることは違う。
強いて言うならユーキが別世界の人間だが、自己主張が乏しいため、まだ戦力になりきっていない。
去年のチームが大変だったのは、孝司や哲平に淳が、それぞれの頭で考えていたからだ。
それがないとなると、文句は言っても自分では考えない、兵隊にしかなれない選手が作り上げられる。
そういったチームでも、強いチームは強い。
だが白富東は、そういったチームではないのだ。
選手が自主的に動く。
綺麗ごとのように聞こえるかもしれないが、白富東はそういうチームであった。
今も自主的に動いている選手はいるが、その動きが孤立している。
宮武と上山が、どうにかチームをまとめているというのが今の状態だ。
三回の裏、試合が動いた。
バッターが一巡したところで、フォアボールで出たランナーを置いて、右中間を抜く長打。
これで一点が入る。
痛い先取点であるが、まだ一点だ。
山村はその後は封じて、どうにか最小失点で凌ぐ。
次の回は下位打線だ。そこまで投げてもらって、交代だな。
秦野はそう判断したのだが、四回の表にも試合が動いた。
ワンナウトランナーなしから、サウスポーのサイドスローが、悟の内角へ。
背中から来るような角度のこの威力のあるストレートを、ライトスタンドに運ぶ。
浜風? 何それ?
風の影響を受けても充分な、同点ソロホームランである。
「覚醒してるよなあ」
秦野は呟くが、入学時の悟を思えば、格段の進化である。
成長ではなく進化だ。もうアベレージヒッターと呼ばれていた悟はどこにもいない。
同点ならば、もう少しだけ山村を引っ張れる。
だが文哲とユーキにも、準備はさせる。
元々継投をしなければ、勝てないとは思っていたのだ。
そして五回まで、山村には投げさせた。
六回の表には、山村の打席に代打でミートだけは上手い花沢を送る。
しかしここも上手くつながらず、1-1のまま試合は後半へ。
二番手のピッチャーはユーキである。
もしも先に文哲を出して打たれた場合、ユーキに代えるのは勇気がいる。
だがユーキの後に安定した文哲であれば、失点などもある程度計算出来る。
飛ばしていけと、秦野はユーキに言った。
その言葉通りユーキは飛ばしていくが、上山はゾーンだけでは勝負をさせない。
ユーキの球は下手をするとまだ、一本調子になってしまうのだ。
(ここでチェンジアップ)
内野ゴロで、六回の裏を抑え込む。
試合の展開が遅くなってきた。
いや、動かなくなってきたというべきか。
二番手ピッチャーが落ちる明倫館よりも、白富東は投手力で有利だ。
だが品川が最後まで完投出来る展開であると、白富東が不利になる。
しかし延長にまで入ると、投手力ではやはり有利になる。
もっとも常にサヨナラの可能性がある、明倫館の方が有利かもしれないが。
山村が五回まで投げたことで、確実に他の二人のピッチャーの体力は温存出来ている。
ユーキは言われたとおりに飛ばし、ボールに外す球でも、全力で投げている。
だがその全力で投げすぎたのがまずかったのか。
わずかに内に入ったボールを、痛打された。
それが外野の頭を越し、ランナーは二塁へ。
そして内野ゴロの間に進塁。ワンナウト三塁から明倫館が使ってくる戦法など、およそ知れている。
「ここはスクイズだよな」
「スクイズですな」
ファーストとサードを前に、そしてセカンドとショートも前に。
とにかく一点を取られると、圧倒的に不利な状況になる。
残る白富東の攻撃は二回。
一点を取り返して同点にしても、ずっとサヨナラの危機感はあるだろう。
しかし、やってこない。
ボール先行になるが、やってこない。
あるいはこのバッターではなく、次に任せるのか。
それにしても、ここで確実に一点はほしいはずなのだが。
結局、悪いカウントからは勝負できず、歩かせてしまった。
そして次のバッターも最初からバントの構えである。
いっそのこと満塁まで歩かせようか。
それならばホームでもフォースプレイが出来て、他のところでダブルプレイを取ってもいい。
ただそれをするなら、ワンヒットで一気に二点が入る危険性まで考えないといけなくなるが。
仕方がない。
勝負しよう。
そう思った最初のボールを、転がしてきた。
ユーキの渾身のストレートなど、当てるのも難しいだろうに。
下手に勢いを殺すことはなく、ピッチャーとサードの間に強い打球が転がる。
スクイズと言うよりは、これはプッシュバントによる内野ゴロだ。
上山はホームで判断するが、間に合わない。
「一つ!」
ちらりとホームを見た悟だが、確かに間に合わない。
ボールをファーストへ送って、これでランナーは消える。
2-1と、スコアが動いた。
動く時と止まる時が、はっきりした試合だ。
残り二イニング。
九回の表には、クリーンナップに回る。
だがそこで一点が入らなければおしまいだし、おそらく八回の打順では点は取れない。
白富東の打線の中で、打撃力のある選手が、左打者が多かった。
もしも敗因を問われたならば、そう答えるしかないなと考える秦野である。
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