五年目・残暑のち 選択の季節
第94話 余熱
甲子園の夏が終わっても、三年生の夏は、もう少しだけ続く。
この年の国体を、わりとあっさり白富東は優勝した。
「まあ最後に一回ぐらいは、このチームで全国制覇が出来て良かったか」
孝司はそう言って、三年生たちの同意を得ていた。
猛烈な残暑の中で、秋の大会は始まる。
国体を挟んで行われた千葉県大会で、白富東はどうにか優勝する。
ただこの年の夏までのような、ピッチャーの安定したロースコアゲームは少ない。
打線で打って勝つということが多く、文哲、山村、ユーキの三人を中心に、悟、宮武、平野、花沢なども公式戦で投げていく。
今までの白富東と比べると、ピッチャーの完封能力が明らかに足りない。
だが文哲は計算出来るピッチングを行うし、山村もサウスポーとして経験を積んでいる。
それでも全国レベルで上位を狙うには、足りない。
(ユーキが来年の春……いや、夏までにどれだけ成長するかで、この年は決まりそうだな)
秦野はそう考えている。自分にとっても、白富東ではこれが最後のチームだ。
それと打順の問題もある。
なんだかんだ言って、今までは世代交代が上手くいっていた。
だが今年は圧倒的に、二年生が多すぎる。
一年生の台頭が、ユーキは別としても少ない。
1 (中)大石 (二年)
2 (三)宮武 (二年)
3 (遊)水上 (二年)
4 (一)宇垣 (二年)
5 (捕)上山 (二年)
6 (左)塩崎 (二年)
7 (二)石黒 (二年)
8 (右)平野 (二年)
9 (投)
これが現状、よく使われるオーダーだ。
これも一応は成功しているが、まだ色々と不満はある。
まず一番の大石は、打率もいいし俊足の一番なのだが、出塁率はやや低い。
ボール球でも手を出してしまう傾向があるのだ。
それに比べると宇垣の方が、いやらしくフォアボールを選ぶことが出来たので、一番には適している。
それでも、好きなボールが来た時に打ってしまうことは変わらないが。
宮武は打率もよく、小技も使えて、それなりに足も速く、選球眼も優れている。
むしろこちらが一番の方がいいのかと思わないでもない。
キャプテンに選ばれたことで、チームプレイを徹底していることが、秦野にとってはありがたい。
三番の悟はいいとして、四番の宇垣。
一番の時にそれなりにいい仕事をしていたので、また一番に戻したくはある。
だが長打が打てるバッターであるし、これでなかなか足も速いので、悩ましいところなのだ。
五番の上山は長打力は宇垣とそれほど変わらないだろうが、打率では少し劣る。
四番の後に遠くへ飛ばす五番としては、このポジションでいいのだろうが。
六番から八番までは、はっきり言って微妙である。
外野の二人は、場合によっては他のメンバーと代わることもある。
石黒のセカンドも打力を優先したものであるが、それなりに身体能力が高いため、外野をやらせてもいいかなと思わないでもない。
守備面では花沢の方が上手いと思うのだが、花沢は長打力が決定的にない。
ただ粘り強く小器用なので、九番に置いて一番につなぐ打線というのも考えられる。
ピッチャーの能力が落ちたと言われるが、バッティングも相当に落ちている。
高打率の長打者、孝司と哲平が抜けて、長打力のあるトニー、久留米が抜けているのだ。
あとは打てるピッチャーとして淳が抜けたこともある。
何より問題なのは、一年でベンチ入りしているメンバーが、ユーキの他に二人しかいないのである。
冬を過ぎて、伸びてくるのが何人いるか。
下からの突き上げがないと、上も伸びていかないのだ。
秦野としては次の学年のことを考えればいいが、教師でもある国立は、進路の相談にも乗らなければいけない。
「じゃあ、進学ということでいいんだね?」
「はい。お話はありがたいですが、もっと鍛えたいんです」
「第一志望は帝都か。まあプロ待ちをしないなら、普通にセレクションで取ってくれるからね」
夏の甲子園で活躍した久留米には、プロからの調査書が届いている。
それも三球団だ。
あの決勝、リプレイで見れば明らかに、最後の打球はホームランであった。
蓮池の身体能力が化け物だったということだ。
あれが入っていたら4-3の逆転で、四打点を全て上げたことになり、さらに評価も高まっていただろう。
だが久留米は、このままじっくりと鍛えていった方がいい。
久留米は進学し、野球を続けることを決めた。
既に淳は特待生として早稲谷行きが決まっていて、他に駒井もスポーツ推薦で同じ帝都に入る予定である。
佐伯も野球を続けるつもりで、スポーツ推薦を得られる立場だったのだが、自力で早稲谷を受験するらしい。
まあ佐伯は甲子園が終わった時点で、国体前に引退していたので、少し他よりは時間があった。
ただそれでも早稲谷に受かるかどうかは、微妙なところだと言える。
引退した三年生の進路が決まるのは、とりあえずプロ野球のドラフトが終わってからになる。
孝司と哲平がプロ志望届を出している。もちろん調査書は大量に届いていた。
スカウトがドラフト前に選手に接触するのは、本当なら禁止されているのだが、密室の中ではどうなっているかなど分からない。
ただ孝司の場合はポジションがキャッチャーなので、どこの球団が獲得しようとしてくるかは、けっこう事前に分かってくる。
現在の各球団の正捕手は、かなり高齢化してきている。
ライガースなどは島本が長く正捕手であったが、他の球団も軒並30代半ばにはなっている。
そして次のキャッチャーが育ってきていない。
千葉のキャッチャーに武田が使われたりもしたが、特に他の候補と比べても、傑出した数字は出さない。
もちろん悪い数字なわけでもないのだが。
哲平はそれに比べると、コンバートの余地がある。
セカンドで柔らかい動きをしているのは見せてきたので、他のポジションの適正もあるだろうと思われている。
バッティングの方も、甲子園で三本放り込んだ他、高校通算で50本塁打を打っている。
あとは守備や走塁にも穴のない、内野以外でも少し鍛えたら使えそうな、ポジションを選べる立場なのである。
二人は後輩の練習を手伝うついでに、自分たちの練習もする。
そして二人に、あと淳などが混じって、将来の話をするのだ。
「たぶん、俺はパかな」
孝司に注目している球団は、注目度の差はあるが、とても多い。
正捕手が離脱し、武田がある程度の活躍をしたが、正捕手とまでは決まっていない千葉。
正捕手の高齢化ならばタイタンズもだが、あそこはかなり控えの捕手が育っているので、優先順位は低い。
高卒で取って、今の正捕手が引退するまでには育ってほしいというなら、神奈川がある。
尾田はいいキャッチャーだがもう37歳で、さすがに次を考えなければいけない。
中京はまたも最下位になった原因は、間違いなく実力はあるが、怪我の多い正捕手が今年も多く離脱したから。
あとはレックスも、正捕手の残している数字はあまりよくない。
ライガースは二人の若手の争いが激しく、ここも優先順位は低いだろう。
パは千葉の他に、北海道以外の四球団も興味を示してくれている。
どの球団も不動の正捕手がいるが、高齢化してきているのは確かだ。
今の孝司が18歳だということを考えると、20代の半ばぐらいには引退している可能性が高い。
セは三球団、パは五球団。
ただしあとは、どれだけ上の順位で指名されるかということが問題だ。
甲子園で優勝できなかったのは、微妙に痛い。
だが国体で、特に哲平の場合は怪我から治っていることを見せたのは大きい。
そういえばあの頃は、甲子園準優勝から、国体優勝、県大会優勝と、垂れ幕がポンポンと変わっていた。
関東大会はベスト4で負けたものの、センバツの出場はほぼ確定である。
「俺はどこかなあ」
哲平もまた、欲しいと言えばどの球団だって欲しいだろう。
長打力もあり、小技も上手く、高打率で、高出塁率の内野。
コンバートを前提とするなら、いくらでも手を上げるだろう。
だが哲平も、タイタンズはないだろうなと思っている。
あそこは層が厚い。セカンドもそうだが、FAや外国人でいい選手を取っている。
育成というか、若手の活躍度合いで言うなら、福岡か埼玉に行きたいかなとも思うが、試合に出ることを優先するなら、フェニックスなどの現在成績の振るっていないチームに行ってもいい。
そういう意味では本当にどこでもいいのだ。
ただ二人とも、さすがに一位指名はないな、と思っている。
だいたい三位までには必ず、と聞いてはいるが、そこまでのドラフトでどういう選手を取っているかで、優先順位は変わるのだ。
「淳もプロに来ればよかったのに」
「アンダースローが高卒で指名されるのは、球団にとってはリスキーだしな」
計算高い淳は、引退後のことまで考えて、大学進学を選択した。
どうせこちらもドラフト一位では指名されないと、はっきりと思ったからである。
ドラフト一位。
競合もあるだろうが、誰が指名されるのか。
社会人や大学はともかく、同じ高卒で自分よりも上だと評価される選手。
大阪光陰の緒方は、体格などからみても一位指名はない。
ただ内野守備に打力も考えれば、そこそこの順位で指名されるかもしれない。
そもそも緒方は、未だに成長中にも思えるのだ。
「ピッチャーなら150km超えてるのは、帝都一の堀田、明倫館の寺内、日奥第三の市川、相模原の津末ってとこか」
「あと聖稜の恩田」
「なんか今年は150kmオーバー多かったんだな」
去年は160kmオーバーがいたが。
「名徳の古沢はどうなんだろうな」
「あ~、国体でもベンチには入ってたけどな」
名徳のサウスポーエースの古沢は、日奥第三の市川にも投げ勝って、他の強打のチームも封じてきた。
それだけに白富東と対戦した準決勝で、出てこなかったのが残念と言えば残念であるし、楽になったというのも正直ある。
完全に壊れたのか、それとも復帰出きるのか。
「プロ志望届出したら、またレックスあたりが低い順位で取りそう」
「金原か~」
最近のレックスは、下位指名の選手で一発を出すことを、かなり狙っているようにも思える。
ただあそこはその金原の他に吉村と、先発のサウスポーは揃っている。
「あとは渋江とかどうなんだろ」
「淳が大学進学なら、あいつも高卒では進まないだろ」
水戸学舎の渋江は、神宮大会の優勝投手だ。
だから日本一になったという点では、堀田や淳、緒方と同じなのである。
このうち、本当に本格派と言えるのが堀田だけなのは興味深い。
バッターはどうかと思うが、白富東の立場から言うと、あまりバッターの印象がなかった。
もちろんまだドラフトにかかっていない者を含めるなら、大阪光陰の蓮池が一番印象深い。
あいつは少なくとも、身体能力はドラ一レベルだ。アレクのような選手になるだろう。
そして年下まで含めるなら、悟がいる。
センバツもほぼ出場が決まったので、あと二回の大会で、どれだけ甲子園でホームランが打てるか。
「今あいつ、通算本塁打何本だっけ?」
「確か50本は超えたはずだけど」
守るポジションもショートで、走塁も上手い。
体格を不安視されるかもしれないが、実績の能力はドラ一レベルだ。
こんなことを話している三人も、やはりドラフトはきになるのだ。
淳はチームメイトの未来が気になるし、孝司と哲平は自分たちのリアルな将来の話だ。
もっとも淳は孝司も哲平も、大学に行って保険をかけないのかと思わないではない。
それと、ここにはいないがトニーと久留米。
トニーはアメリカに帰ると決めていた。
実際のところ150kmを投げられるというだけでは、まだアピールポイントとして弱い。
だがトニーのあの身長から投げられるストレートは、角度があって打ちにくいのは確かだ。
そして久留米は、最後の一夏で一気に評価を上げた。
もっとも本質的には努力の人間で、プロに通用する伸び代があるかは、この三人のような才能のある人間からすると分からない。
「つか、淳まで行くとなると、早稲谷は本当にやばいな」
「タカが来てくれたなら、早稲谷の正捕手になれるぞ」
早稲谷の現在の正捕手は、白富東のSS世代が覇道を歩み始める前、最後の敗北を刻みつけた樋口である。
ワールドカップでの直史とのバッテリーが、早稲谷でまた結成された。
おかげで今早稲谷は、六大学リーグのみならず、大学野球の世界自体から、飛び抜けた存在になっている。
最後の甲子園の、最後の夏で、負けた。
あの光景は一生忘れないと思う。
だがそれでもこの三人が、久留米ほどには泣けなかったのは、その前年には主力として、全国制覇をしていたからだろう。
頂点の光景は、既に見ていた。
だからこそ最後の執念が、大阪光陰に及ばなかったのではないか。
もっとも結果だけを見るならば、全ては蓮池のせいとなるのだが。
「大阪光陰のいないセンバツか」
孝司が洩らした言葉が、妙に響いた。
帝都一はしっかりと勝ち上がって、センバツを確定させている。
あとは神宮大会の結果がどうなるか。
「蓮池は、復帰出来るんだよな?」
「ベンチにも入ってなかったから、けっこうな重傷ではあるんだろうけど」
直接の敗因になった敵ではあるが、選手としての能力は傑出していた。
二年後のドラ一候補だ。あいつも。
そして白富東は、来年のセンバツをどう迎えるのか。
関東大会ベスト4というのは、自分たちと同じ結果ではある。
だが確実に、戦力は低下している。
くすぶるこの気持ちは、いつになったら収まるのか。
少なくともプロ志望の二人にとっては、ドラフトまでは収まりそうにない。
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