第33話 白光戦

『祝! 三大会連続決勝同一カード!』

『ウケルwww 草生えるわこんなん』

『白光戦? 光白戦? どっち?』

『関西では光白戦、関東では白光戦じゃね?』

『しっかしこんなことってあるんだな。確率的には何%よ?』

『どちらかが途中で負ける可能性もあるから、確率には計算出来ない』

『まあそのうち誰かがやってくれるだろう。MHKあたりでやるんじゃね?』

『まあこれで白富東が勝てば、大会史上空前絶後の四連覇になるんだけどな』

『さすがにそうはならんだろ。どっちの方が戦力分析は上なんだ?』

『全部の雑誌が本命と対抗にどっちかを挙げてるからな。強いて言うなら帝都一相手に勝ってる白富東じゃね?』

『準決勝でも152kmの南部を打ってるからな』

『ヤンキー鬼塚、大活躍にてドラフト順位爆上がり説』

『言うてもあいつ、高校入学以来一回も問題行動起こしてないけどな。……存在自体が問題という説もあるが』

『でも審判はあいつには辛い気がするwww』

『俺でも辛くなるわ。でもあえて審判と対決していくスタイルや良し』

『ライガース指名せえへんかな。白石の後輩やし。話題性は抜群やで』

『打って走って守れるか。外野だけじゃなく内野も守ってたし、意外とプロで長く生き残れるタイプちゃう?』

『内野守備以外はアレックスの劣化版やろ』

『アレックスの本塁打記録、甲子園の歴代五位やぞ? 比べる方が悪い。まあそれだけチームが強かったってのもあるが』

『先頭打者の初球でパコーンやもんな。あれ、今でもよく見られる』

『つーか東の白い方は三番の一年もえぐい。白石が一年の夏に出場してたらあんな感じやったんかな。同じショーポジやし』

『白石のセンバツ三試合で五本ってのが草。今ではもう逆に「まあ……それぐらいはするよね」って感じだけど』



『まあ現実的な話、どっちが勝つと思う?』

『白富東は大阪光陰の四連覇阻止してるからな。バランス的に大阪光陰が勝つと思う』

『ピッチャーも打撃陣も守備も走塁も、ほぼ互角じゃね?』

『控えのピッチャーも佐藤三男に外国人、あと一年も投げてたか』

『大阪光陰はもう真田一本で行くやろ。緒方も悪くないけど、センバツの結果見るとなあ』

『白富東は次男完全に休ませたよな。まあ一日空いてるし真田も三イニングだけやったし、消耗はないか』

『何気に白富東、佐藤三男もむっちゃ数字いいけどな。農民に打たれた試合以外は』

『農民言うたるな。試される大地の民やぞ』




 五大会連続の甲子園決勝進出である。

 当然ながらと言うべきか、史上空前の出来事である。

 なんだかこの時代、高校野球は大阪光陰と白富東しかいなかったのかと、後の世では言われることになるのかもしれない。

 まあプロ野球でも、最下位が指定席で、実質五チームの争いなどと言われたことは散々にあったわけで。


 色々と最後のチェックをしていた結果、眠れなかった秦野である。

 今年で抜ける戦力の中でも、武史、アレク、鬼塚、倉田の穴を埋める人材が、今の一年にいるかと言われれば、悟がどうにかといったところである。

 体育科とスポ薦を実施したはずなのに、それ以前よりも弱くなっているのだ。

 もっとも入学数ヶ月の一年の、全てを把握したわけでもないのだが。


 もう恒例となっていて、秦野よりも選手たちの方が慣れている、宿舎から甲子園会場への道のり。

 今日も絶賛大満員で、下手なプレイは出来ないな、と思う選手たちの中、武史はSNSをしたりしている。

「タケ、そろそろスマホ預かるよ」

 ベンチには入れないが直前までの選手たちの調教師、文歌の言葉にしぶしぶスマホを渡す武史である。

「俺、甲子園で優勝したら好きな女の子に告白するんだ」

「フラグやめて! ……いや、ラブコメ的に見たら、むしろ成就フラグなのかな?」

 文歌もそこそこ汚染されているらしい。


 とりあえず秦野は、武史が変な方向に意欲を持っているのは歓迎である。

 直史は大学に行ってさらにまだ進化しているらしいが、甲子園で一度は限界を見せてくれた。

 だが武史の限界は、まだ見えていない。

 体格と筋力量を考えると、まだスピードの上限はありそうなのだ。

 そういえばまだ甲子園では160kmを出していないか。


 去年の夏も凄かったが、今年の夏も凄い。

 バスから球場に入るまでで、どれだけの歓声が浴びせられるのか。

 長い通路のその先には、今年もやってきた夏の最後の大舞台。

 甲子園決勝。正確には選手権大会の決勝。

 まだ国体があるぞと野暮なことは言うなかれ。これが完全燃焼の場所だ。


 兄もこんな気持ちで、このグラウンドを眺めていたのだろうか。

 

1 (中) 中村 (三年)

2 (二) 青木 (二年)

3 (遊) 水上 (一年)

4 (左) 鬼塚 (三年)

5 (一) 赤尾 (二年)

6 (捕) 倉田 (三年)

7 (右) トニー(二年)

8 (三) 曽田 (三年)

9 (投) 佐藤武(三年)


 これがこのメンバーで甲子園で行う最後の試合。

 甲子園の決勝でスタメンを勝ち取った曽田は泣いていい。だけどエラーはするなよ。


 あちらのベンチとも目が合った。

 真田に後藤。どちらもピッチャーとして、あるいはバッターとして対決する相手だ。

 

1 (中) 毛利 (三年)

2 (二) 明石 (三年)

3 (遊) 緒方 (二年)

4 (一) 後藤 (三年)

5 (投) 真田 (三年)

6 (三) 大野 (三年)

7 (右) 佐野 (三年)

8 (左) 南条 (三年)

9 (捕) 木村 (二年)


 注意すべきは上位打線。真田がバッターとしてもクリーンナップに入っている。

 投手専念などとは言っていられない、全力全開の体制だ。

 そしてこんな時でも、練習中に応援スタンドを探してしまうのが武史である。

(兄ちゃん! なんで神崎さんの隣に座ってんの!?)

 いやまあ、他の男に座られるよりはいいのだが。

 明日美はどうなのかと思えば、ツインズと一緒にチアなどをやってらっしゃる。


 こちらを見つめて手を振ってくる恵美理に、武史も手を上げて応えた。

(今日の勝利を君に捧げる!)

 このあたり武史は筋金入りのラブコメ脳なのだが、それで実力が発揮出来るのだから皮肉にもならない。




 オーダーを見て、まず知らない戦力がいないことに安心する秦野である。

 ベンチ入りした中には一年生も三人いたのだが、甲子園でも楽な試合にしか出していない。

(こっちはスタメン以外にも、たくさん一年が入ってるけどな)

 サードをどうするかは、秦野もかなり迷ったのだ。

 打力に期待するなら、宇垣以外にもベンチ入りしなかった宮武でも、曽田よりは上だろう。

 だがこの甲子園の大舞台では、上級生を極力使いたい。

 悟は一回戦からずっとスタメンなので、その点では大丈夫だろう。


 一回の表は白富東からの攻撃。

 悟はアレクと哲平がこれほど簡単に打ち取られるのを初めて見た。

 事前にも説明されていたが、武史の速度も変化量もあるナックルカーブより、さらに鋭いという。

 いざ打席でそれを見ると、確かにこれはすごい。

(なんじゃこりゃ)

 まるで背中の方から、突然出現して腹を切るように軌道を描く。


 真田のスライダーは、人生で見た球の中で、三番目に、いや、今では二番目に打ちにくい。

 そう言ったのは直史のスルーを、かなり低い確率だが打てるようになった大介であった。

 腰が引けた状態に、アウトローにストレート。

 悟は強張った顔で対応するが、詰まったボールがファールグラウンドに転がっただけである。

(あとカーブもあるんだよね)

 そう思っていたところに投じられたのは、インハイのストレート。

 伸びて見えたその球に、空振りで三振である。




 真田の立ち上がりは完璧であったが、武史もいつもより投球練習を多くして、肩の状態を最初からMAXに近づけておく。

 九回まではなんとか全開で投げる。延長までは知らん。

 倉田のミットに投げる球は、かなり軽く投げても伸びてるなと自分で感じる。

 ピッチャーというのは精密な動作が必要なので、日によってどうしても調子のバラつきはある。 

 だが今日はかなり球自体は走っている。


 倉田が近付いてきて囁いた。

「球は走ってるけど、そのかわりほんの少しだけ浮いてる感じがする」

「マジか」

 調子の良さには、パワーとコントロールの二つの要素がある。

 どうも今日は出力は高いが、安定していないという状態のようだ。

「高めの釣り球と、ムービング系で最初はしとめて行こう」

「分かった」


 大阪光陰の先頭打者毛利は、アレクほどではないがいきなり先頭打者ホームランを打つ長打力を持っている。

 ただアレクと違い、初回の初球から打ってくることは少ない。

(まあだからって手を抜くわけにはいかないよね)

 倉田のサインに頷いて、外角を攻める。

 当てられるコースではあったが、初球はやはり見てきた。


 156kmの表示に、おおおと甲子園が揺れる。

 やはりストレートの球速には魅力がある。

 もっとも毛利はこの球速にも、全く動じていない。

(う~ん、当然スピードには対策済みか。じゃあこれは?)

 ボールからゾーンに入ってくるナックルカーブ。左打者には効果的だ。

 だがこれも毛利は、さほど体を動かさずに見切った。


 見極められている。

 下手な小細工は通用しないし、単純な球威で押すことも難しい。

(じゃあ浮いてる球を利用しよう)

 ほとんどど真ん中にきたボールを、さすがに毛利は振った。

 だが空振りでストライク。浮いてはいても球威がそれを上回る。

 浮ついた球を投げるピッチャーに、下手に低く低くと言っても無理がある。




 二番の明石、三番の緒方と、球数を大目に使いながらも、三者三振。

 とりあえずスタートは悪くない。

 序盤で球数を多く使えば、武史のギアもチェンジする。

 ただ球が浮いているのは問題だ。

「タケ、軽くでいいから投げて」

 ブルペンに呼ぶ倉田に、武史も素直に従う。


 球が浮いているが、球威自体はあると思う。だから三振が取れる。

 ただそれにアジャストしてこられると困る。調整が必要だ。

 この回は倉田にも回るので、上山に交代し受けてもらう。

 上山としてはこれで充分だと思うのだが、まだ倉田には不安があるらしい。


 二回の表、白富東は右の鬼塚からであるが、真田はスライダーを使わず、カーブとツーシームでコンビメーションを組み立てる。

 球速では負けていても、球威は真田もさすがのものである。

 鬼塚がキャッチャーフライに倒れて、孝司もピッチャーフライに倒れる。

(伸びてるストレートを打ちあぐねてるのか)

 そして倉田に対しても、同じ球種の組み立てだ。

 右バッターにはスライダーを使ってこないのか。


 真田が故障したことは、試合に使われなかったことでも明らかだが、その詳細まで判明しているわけではない。

 右打者にとっても、下手な位置に立っているとストライクゾーンを横切ってから体に当たるスライダーを、とりあえずは使ってこない。

(左にもそんなに多投してなかったし、まだ不安が残るのかな)

 そうは思う倉田であるが、真田の脅威度がそれほど下がるわけではない。

 カーブで体を泳がされて、サードゴロである。




 二回の裏、四番の後藤には一発がある。

 下手にストレートだけで勝負すると、その慢心を突かれて打たれかねない。

 ムービング系で手元で曲げていくが、カットされてしまう。

(ナックルカーブは右打者にはあんまり使いたくないんだよな)

 それでも投げないと投球の幅がない。

 しかしここは、やはり使わない。


 追い込んでからはストレート。

 高めに外れたボールを、空振りする後藤。

 これで初回から四者連続三振である。


 スピードで勝負出来る。ドラフト一位候補の後藤を含む大阪光陰打線を。

 だがここでバッターボックスに立つのは、ある意味後藤よりも危険な男だ。

 五番打者の真田に対しては、武史としても意識しないわけにはいかない。

 ピッチャーとしてではなく、ピッチャーとバッターとしての対決。

 これもまた、エース同士の勝負の形の一つである。


×××


 本日は少しお休み

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