第29話 若様の憂鬱
「これを出しておくくらい、俺がしておく。いいよ」
言うと、同じ委員のその女子は、頭をピョコンと下げて、
「ありがとうございます!」
と言い、真秀はクラス分のノートをまとめて持つと、教室を出た。
そして、数メートル程進んだところで足を止める。
(ついでにカバンも持って来ればそのまま帰れるな)
思い付いて、カバンを取りに行こうと教室へ戻りかける。
が、中から聞こえて来た声に足が止まった。
「きゃああ。黒瀬君とお話しちゃった!」
「私、何で美化委員なんかになっちゃったんだろう。いいなあ」
今の女子とその友人だ。
それに、男子の声が続く。
「いいよな、黒瀬は。あぁあ!敵わねえよな」
「黒瀬家若様だもんなあ」
真秀はそっと嘆息した。
子供の頃から、それは聞きなれた言葉だった。公園でも幼稚園でも小学校でも、仲良くなったと思っても、大人が出て来ると、途端に離される。そして次に会うと、遠巻きにされるか、変に子分のように振る舞いたがるかだ。
なので、真秀には友人と呼べる同年代の人間がいない。唯一そうと言えなくもなかったのが、年に1度会うだけの利子だが、あれを友人と認めるのは、面倒臭くて真秀も嫌だった。
(カバンは後にするか)
今入るのは何となく気まずい。
回れ右しようとして、真秀は彼に気付いた。
教室の前方の扉の前で、ムスッとした顔をしてクラスメイトの1人が立っていた。
(話した事無いけど、確か成宮だったか)
制服を軽く着崩して、髪を肩まで伸ばしている。明るくて、軽い印象があった。
その成宮はドアを開けると中に入りながら、
「別に家は関係ないだろう?顔と頭と運動能力だけでも、お前ら勝ってる要素あったっけ」
「なっ、成宮!」
「あはは、それは言えてる」
中から声が聞こえて来る。
そして成宮は出て来ると、真秀に向かって、
「おお、黒瀬」
と声を張り上げた。
「ば――ああ、おう!」
真秀は何気なさそうに言って、後方のドアを開けた。
中にいた男子が、ややぎょっとした顔をする。
「く、黒瀬。職員室は」
「カバンを持って行って、そのまま帰ろうと思って戻って来た」
「そ、そうか」
真秀は机からカバンを取り上げて、悠々と教室を出た。
歩いていると、なぜかずっと成宮が横について歩いて来る。
「何だ」
「別に」
「……」
「彼女、いるんだろ」
「ああ」
「許婚者がいるって、どんな感じ?」
「最初はまあ、押し付けられるのは嫌だと思ったよ。それで、まあ、家出した」
「はあ?」
「そうしたら向こうも同じで、偶然会って、お互い偽名で1晩過ごして、こいつと付き合いたいと思ったら、当の許婚者だったんだ」
成宮はポカンと口を開けて真秀を見ていたが、面白そうに笑った。
「お坊ちゃんだと思っていたのに、やるな。
で、どこまで行った?」
「公園から山の牧場まで行ってまた公園へ――」
「違う!キスとか、その先とか――」
全部言う事は出来なかった。なぜなら、動揺した真秀が、ノートを取り落として廊下にぶちまけたからだ。
「ああ、何やって」
「キ、キスなんて、まだ」
ゴールデンウイークに、ベランダで川田氏と3人並んで月を見上げた日の事が頭に甦る。
「ああ、川田さん、やっぱり見てたのか?それで牽制したのか?どうしよう。
でも、霙は嫌そうでもなかったし。
まずい。ヘタレって思われてるのか!?」
考え込む真秀に、成宮は
「大丈夫か?でも、黒瀬って面白いヤツだったんだな」
と吹き出した。
「え?言われた事ないな」
「もっと早く声かければよかったなあ。ああ、失敗した」
成宮はゲラゲラ笑って、ノートを半分持つと一緒に職員室へ行き、そして、一緒に途中まで下校した。
帰宅してから、真秀は気が付いた。
「友達?こっちで唯一の友達ができたのか、俺」
レインが飛びついて来たので、無意識に撫でながら、真秀は呆然としていた。
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