四日目 4

「ただ、問題はどうやって探すか、よね」


 腕組みをしたフランシーユは、中庭を見回しながら考えた。


「どこかに隠れて、お兄様がここに現れるまで待つとしても、あなたが隠れる場所はないわよね」


 中庭は木立があるので一見すると人が隠れる場所がいくらでもありそうだが、そこは王宮ということで、完全に人の姿が見えなくなるような場所はない。

 幼い子供ならいざ知らず、アンセルムのような成人男性の、しかもかなりの長身ともなればかがみ込んでも全身を隠すことは難しい。


「わたしが隠れて待つというのも、ちょっと無理よね」

「まず無理だろう。ひとりで行動することが許可されていないんだからな」

「そうよねぇ」


 アンセルムはまだなんとか理由をつければ、フランシーユの護衛を他の隊士と交代することはできるだろうが、フランシーユは女王の代役である以上、ひとりになることができない。常にマリアンヌか女官がそばについている。

 いまのようにアンセルムとふたりきりで歩くことはできても、ふたりが歩いているとかなり目立つ。

 そもそも、女王と近衛隊隊長という組み合わせがこの王宮では不自然なのだ。

 いくら女王が地味で目立たないとはいえ、女王に嫌われているはずの大柄な隊長が女王の隣を歩いていれば、なにが起きたのかと王宮にいる誰もが注目する。

 一昨日や昨日は、ルフェーブル卿が休んでいるため、とアンセルムは周囲に説明していたらしい。

 隊長の護衛でも女王は文句を言っていないのか、と誰もが驚きつつ、女王と近衛隊の関係が良好であることに安堵しているようだ。それがほんの数日間のことであるとは、誰も想像していない。


「朝って言っても、日の出前とか、日の出後すぐとか、わたしが朝食を摂っている間とか、時刻がわからないとここで無駄に隠れて待つはめになるわよね」

「さすがにそれは俺も難しいな。中庭を見張ることはそう難しいことじゃないが、シリルに気づかれないようにした上で、シリルがどこに戻っていくかを調べるってことだろう?」

「そうだけど――いっそ、隠れてお兄様を待つのではなく、その場で捕まえて、お兄様の婚約者が隠れている場所まで案内してもらうっていうのはどうかしら?」

「それは、悪くはないが、シリルが素直に案内する保証がない」

「そう?」

「あいつは見た目は優男の王子様だが、性格は『さすがプルミエ公爵の息子』って感じだ」

「お兄様はいつでも優しいわよ」

「それは妹に対してだからだ」


 即座にアンセルムは断言した。


「俺に対してはかなり手厳しい」

「まぁ、確かにそういうところはすこしあるかもしれないけれど、それはあなたがわたしに意地悪をするからじゃない?」

「意地悪!? いつの頃の話だ!? いまはこんなに譲歩してるだろ!?」

「どこをどう譲歩しているのか、わたしにはまったくわからないわ」


 頬を膨らませてふいっとフランシーユはアンセルムから視線をそらす。


「あなたって、わたしが新しいドレスを着てても髪型を変えていても気づかないし、似合っているとも可愛いとも褒めないし、最近はちっとも剣術の相手だってしてくれないし、このあいだのお茶会のときなんかお菓子を勧めたわけでもないのにむっつりとしてちっとも喋らなかったし、先月のジョルジェットの誕生会でも――」

「王子様と同じことを全部やれと言われても、俺には無理」


 ため息をつきながらアンセルムは肩を落とした。


「まぁ! 努力もしないで無理だと決めつけるなんて、軍人にあるまじきことよ!?」

「いや、そこは軍人の能力とか努力とかは関係ないから」

「軍人だって階級や所属が変わって軍服が替わっていたり、胸の勲章が増えていたりするし、髪が薄くなったから苦労しているのかなとか、なんか心配ごとがあるのかなとか部下を思いやってあげたりしなきゃないけないでしょう! 隊長として!」

「そこはそれなりにできている、と思う。多分。髪の問題には触れないが」

「じゃあ、なんでわたしにはできないよ!?」

「そりゃ、顔しか見てないから」

「は!?」

「さすがに使用人のお仕着せとかと着ていたら気づくと思うが、ドレスは――あ、ジョルジェットの誕生会のときは、肩や胸元を出し過ぎなんじゃないかと思った」

「あれはいまの流行なの!」


 確かにあのドレスはシリルにも注意をされたが、今年の貴婦人のドレスは首や肩を露出するものが多いのだ。


「だいたい、顔しか見てないって、どういうことよ」

「顔を見たら、機嫌が良いのか悪いのか、体調が良いのか悪いのかは大体わかるだろう。女王様の場合は、顔を見て判断をしている間に女王様が喋り出すから、ドレスがどうだの髪型がどうだのなんて見ている暇がない」

「一瞬でぱっと全体を見なさいな!」

「敵を相手にしているわけじゃないから、そういう能力が女王様に対しては働かない」

「なんでよー!」

「でも、さっきの庭師のおっさんに関しては、ちょっと違和感があった」

「え? どこが?」


 フランシーユの目には、庭師の壮年の男は、どこをどう見ても普通の庭師に見えた。


「見たことがない庭師だった」

「新しく雇われた庭師なんじゃないの? というか、あなた、この王宮の庭師の顔をすべて覚えているの?」

「王宮の使用人の顔なら一通り覚えている。使用人は頻繁に入れ替わるから、新しく入ったばかりなら二、三日は見たことがない顔ってこともありえるが、あの男は他の庭師をまとめているって雰囲気だったし、女王陛下とこれまでも喋ったことがあるような感じだった。となれば、四日以上前からこの王宮で働いていて、女王陛下やシリルの顔も知っていて、俺に顔を知られていない怪しい男ということになる」

「そんな人、この王宮にいるの?」

「いることは、いる。ただ、そういう奴が庭師に混じっているってのはおかしい」


 険しい顔をして、アンセルムが唸る。


「あれは、女王陛下が中庭に来ないものと思って作業をしていたというわけではなく、明らかにがこの中庭に来ることを予想して待ち伏せていた感じだ」

「じゃあ、お兄様がこの中庭に薔薇を受け取りに来たという話は――」

「多分、でまかせではないと思うが、わざわざそれを女王様に伝えたってことは、なにかあるんだろうな。とりあえず、あの庭師を見張るのは他の隊士に任せることにする」

「なにか、って、なにかしら」

「それは俺では思いつかないな。ただ、今日、女王様がこの中庭を散歩することはあるていど決まっていた。なにしろ、宰相や公爵夫人が薦めたんだからな」

「待ち伏せされていたのはわたしたちの方ってこと?」

「もしかしたら、女王様が女王陛下と同じようにひとりでこの中庭を歩くことを想定していたのかもしれない」

「あなたを遠ざけて、わたしがここをひとりで歩いていたとしたら――なにが起きたと思う?」

「わからない」


 さすがにお手上げといった顔で、アンセルムは首を横に振った。


「あの庭師が敵か味方なのかはわからない。女王様の様子をただ見に来ただけかもしれないし、害意があったのかもしれないし」

「この中庭は安全な場所ではなかったの?」

「そのはずだったんだが……婚約披露宴の準備で人の出入りが激しくなって、すこし警備がずさんになっているのかもしれないな」

「そう……なら、この中庭でお兄様を待ち伏せするのはやめた方がよさそうね」


 仕方なく、フランシーユはそのままきびすを返して執務室へと足早に戻った。

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