三日目 3
結局、ドゥジエーム大公とは午後の休憩時間を割いて会うことになった。
大公家の使いに謁見の時刻を伝えると、まもなく『了承した』との連絡が大公家から届いた。
「陛下、よろしいですか。オーギュストとの話はわたくしがいたします。あの子は幼い頃はとてもおとなしく従順で悪いことなどしない賢い子だったのに、成長するに従って兄の真似をしたがるようになり、クローデット妃がいくら注意しても耳を貸さないことも増えてきて手を焼いたものです。大人になってそういった悪い癖もなくなったと安心していたのに、いまになって兄の負の遺産とも呼べる親衛隊を引き継ごうとするなど、呆れてものも言えません」
昼食の間中、マリアンヌはドゥジエーム大公に関する情報をものすごい勢いでまくし立てて説明した。
ドゥジエーム大公は、コルネーユ王とマリアンヌの母であるガブリエル妃が病死した後、当時のセヴラン王が後妻として
クローデット妃は国内の侯爵家の娘で、王宮にはマリアンヌの女官として出仕していたところをセヴラン王に見初められた。ただ、かつてはマリアンヌの女官という立場だったこともあり、彼女は常に王女であるマリアンヌに気を遣っていたらしい。
ガブリエル妃亡き後、幼いながらも王宮の女主人として王宮に君臨していたマリアンヌは、新しい王妃としてクローデットが嫁いできたことを喜んだが、王宮内の誰もクローデットを王宮の新しい女主人とは認識しなかった。クローデット自身、周囲にはマリアンヌ王女こそ王宮の女主人であり、当時王太子だったコルネーユ王子が妃を迎えるまではマリアンヌを女主人として仰ぐべきだと告げていた。
そんなクローデットの気遣いが功を奏し、オーギュスト王子を産んだ後も彼女は王宮内に余計な派閥争いを生み出すことなく、セヴラン王が健在の間は王妃としての役目を果たした。
オーギュスト王子はそんな母親の教育方針もあり、異母兄である王太子と競うことなどせず、異母姉マリアンヌに気に入られるように振る舞うことを心がけていたらしい。
「子供の頃は母親や異母姉の言いなりになっていた大公が、成人して王宮から離れ、大公という位と領地と年金を手にして、いくらかの権力も手にして、それを使ってみたいという気になるのも理解できないでも……」
「オーギュストはそんな子ではありませんでしたのよ! なのに、世間知らずのあの子に権力目当てで近づいた
宰相は大公の気持ちを代弁するように口を挟んでみたが、マリアンヌは即座に否定した。
姉というよりは、ほとんど母親の感覚だ。
「陛下は、大公とまず挨拶をして、それから親衛隊の話が出たら軽く頷くていどでかまいません」
マリアンヌに気圧されながら、宰相は謁見に関する打ち合わせを進めた。
「はい」
ほとんど叔父とは面識がないフランシーユだが、あまり喋りすぎると女王の身代わりであることが気づかれるのではないかとはさすがに感じていた。かといって、寡黙な女王を演じられるかどうかは不安もあった。
「ばれないと思う?」
川魚の素揚げ料理を平らげながら、フランシーユはアンセルムに尋ねてみた。
「黙っていれば、なんとか誤魔化せるんじゃないか? 大公は女王陛下とそれほど頻繁に顔を合わせていたわけじゃないから、大公が陛下に多少の違和感を覚えることはあっても、マリアンヌ様の説教が始まったら違和感を気にしている暇なんてなくなるだろうし」
「お説教をするつもりなのかしら」
珍しく強い口調で喋る母親の様子を横目で見ながら、フランシーユは首を傾げた。
「ふたりが仲が良いとは知らなかったわ。わたしは叔父様と滅多にお会いしたことがないから、疎遠だと思っていたの」
「仲が良いかどうかはわからないが、公爵夫人は大公に意見できる数少ない人物であることは間違いない。現在の身分は大公の方が上とはいえ、公爵夫人が王家の血を引く王女であることは事実だ。それに対して大公は――」
「大公は?」
「――セヴラン王にまったく似ていないことから、実は王の子供ではないのではないかという噂が以前からあったらしい。うちの親父から聞いた話だけどな」
フランシーユにだけ聞こえるように、アンセルムがぼそぼそと告げた。
「マリアンヌ様がオーギュスト王子を自分の弟だとお認めになったから、クローデット妃とオーギュスト王子は王宮で暮らし続けることができたらしい。つまり、セヴラン王の後妻とその息子の醜聞をもみ消したのは王自身ではなくマリアンヌ様ってわけだ。だから、クローデット妃はマリアンヌ様に頭が上がらなかったし、オーギュスト王子もマリアンヌ様の前では従順な子犬のような顔をしていたらしい。あと、親父曰く、当時のマリアンヌ様に弱みを握られていない貴族は王都にはいなかったって話だ」
「弱み? そんな、お母様は人の弱みにつけ込むようなことはしないわよ?」
「マリアンヌ様には自覚はないだろうけどな。あの方は確かに元王女様って風格があるしな。特に、こうして王宮にいらっしゃると、セヴラン王の時代に王宮の女主人と呼ばれていたのがわかるような気がする」
「そう? やっぱり、王宮という環境で育つと違うものかしら。でも、ヴィオレーユ女王にはそういうところが少々欠けているような気がしたのだけれど」
即位式の日にフランシーユが目にしたヴィオレーユ女王は、デュソール王国の新しい王として君臨する誇りや威厳が皆無で、自分が戴冠しなければならない理由さえわかっていないように見えた。
彼女は母親であるオディール妃が亡くなった後は王宮の女主人だったはずだが、とても王宮内を掌握しているようにも見えなかった。
「まぁ、わたしにもそういう貫禄のようなものはないけど」
「いや、結構あると思うぞ。さすがマリアンヌ様の娘だと感心するくらいだ。君の場合はさらに度胸とはったりをかます辺りは宰相そっくりだから最強だ。そういうところがあの陛下に半分でもあったら、と
「だが?」
「いまは、考えを改めた」
「へぇ? どういう意味よ?」
「行動力があって仕事熱心な王に仕えていると、気が休まる暇がない」
「どうしてよ。王が仕事をしないと困るでしょう?」
「もちろん、女王陛下には仕事をして欲しいが、余計な波風が立つ」
面倒くさそうな表情を浮かべてアンセルムが告げた。
「昨日、女王陛下が近衛隊を視察したって話は近衛師団にすぐ伝わったらしい。しかも、女王陛下に嫌われているはずの俺がついて回ってるってんで、親父が昨夜のうちに師団の視察もするよう陛下に進言しろとわざわざ言いに来てだな」
「昨夜?」
「当直室で仮眠中に乗り込んできて叩き起こされた」
「まぁ……それはお気の毒だったわね」
アンセルムが睡眠不足だったのはクレール公爵のせいだったのか、とフランシーユは納得した。
「師団の訓練場は王宮の横とはいえ遠いから、城外に出たがらない陛下が視察に出向くわけがないと言っても聞く耳を持たず、近衛隊だけ視察するなど不公平だとかわけのわからないことを言い出し、あれは視察というよりはただの散歩だと言っても、だったら師団まで散歩をするように陛下を説得しろと言うし、明け方近くまで延々と言い合いになり、しまいに剣を抜きそうになったところで親父のところの副官が飛び込んできて止めてくれたから、そこでなんとか親父を部屋から追い出せたんだけどな」
「確かに、あれはただの散歩よね」
「陛下がいつもとは違う道を散歩しただけで視察だなんだと将軍が騒ぎ、陛下が真面目に仕事をしていると聞いた大公が謁見を申し込んでくるんだ。俺はほぼ一日中陛下の護衛で拘束され、日課である訓練さえろくにできなくて筋肉が
「あなたがわたしの護衛を連日務めなければならないのは陛下のせいではあるけれど、わたしが真面目に仕事をしているからではないと思うわ。でもまぁ、休みが欲しいって言うなら一日か半日くらい、他の隊士に代わってもらってもいいんじゃないの? あなたほどではなくても、優秀な隊士はたくさんいるんでしょう?」
フランシーユの提案に、アンセルムはむっと口を引き結んだ。
「――――いや、いい」
「あら、どうして?」
「――――俺が休んでいる間になにかあったら、困る」
「ふうん。将軍と叔父様の他にも、誰かがなにかを起こしそうなわけ?」
「そういう気配があるわけじゃないが、なにが起きるかわからないからおちおち休めない」
気が休まらないと言いながらも、アンセルムは「体力には自信があるから七連勤ぐらい
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