Live for me.
かなた
第1話
いつからか、生きることがしんどくなってしまった。息が続かないことがあった。そんなときにあの人が現れて、その紙を僕の掌に押し付けてきた。
僕は中学に入ってから性格を改めた。誰もが口をそろえて優等生だと言うようないい子になりたかった。小4から続けてきた弱者いじめもやめた。
勉強もそこそこできるぐらいの実力はあったから、もっと力を入れた。するとめきめきと成績は上がった。
スポーツだって喧嘩で負けたことのないという強さを活かせるよう柔道を始めた。努力して、努力して努力して、努力して。ほんの数ヶ月で、地区大会で優勝できるようにまでに、なっていた。
学校では成績優秀、スポーツ万能なため、学級委員になれたほどだ。もちろん他人にも優しくしてやった。そのためなのかはわからないが、友達もたくさんできた。
その上、僕は大嫌いな父親とも、仲良くするよう努めた。父親は、最初は
「…仲良く、できるわけないだろ…?」
と言っていたが、元は僕と仲良くしたがっていたし、熱血な男でもあったから、柔道で地区優勝する頃には、大変な親バカとなっていた。
そんな、『いい子』になりはじめられた、ある日。病気で入院している母さんを訪ねた。忘れもしない、冷たい雨の降る日だった。僕は母さんが大好きな青リンゴと、道端の花屋で見かけた不思議な花を買っていった。綺麗にラッピングしてもらった、花とりんごを濡らさないよう、そっと抱えて道を歩いた。病院につき、名前を書いて、病室へ向かう。花は甘い香りを漂わせていた。
こんこん
「失礼、しまぁす…」
少し間延びた、甘えた声を出す。
「あら…、ゆうきじゃない!」
淡い青緑のストールを肩から下げた母さんがパァッ、と、明るい笑顔になる。
「ふふ、久しぶり、母さん。ごめんね、最近来れてなくて…」
包まれた花を渡すと、母さんは喜んで、慣れた、しかしおぼつかない手つきで花を飾った。
「…これ、ダチュラじゃない?」
「え?」
「ダチュラっていう花。へぇ〜、あんまり売ってるの見たことないなぁ。ゆうき、いいセンスしてるじゃない」
にこにこと話す母さん。この時間だけが素の僕に戻れる。
「最近、お父さんとも仲良くしてるんでしょ?お父さん、とっても喜んでたわよ。病室でキラキラした目で話しちゃって。ふふ」
ずきずき、胸が痛む。父親は、昔から僕のことが大好きで、今までもよく絡んできた。それを僕が真っ向から否定していっただけなのだ。だから別に父は悪くない。むしろ可哀想で、これに関しては母さんも少し気になっていたようだ。
「あ、そうだ。ゆうき、あなた学校でも、すごく頑張っているんだってね。お父さんに聞いたわ」
少し微笑む母さん。
「あ、あぁ、うん」
父は母さんにそんなことも報告していたのか…。
「……ねぇ、ゆうき。無理、してない…?」
「…は?」
唐突な質問にびくりと体がはねる。
「……やだな、母さん。僕、無理なんてしてないよ〜」
けらけらと、笑ってみせる。
「もう中学生だしね。そろそろしっかりしておかないと」
何を、考えているんだろう。嘘をつけば、ここでも、辛くなるだけなのに…。母さんにぐらい素直になればいいのに…。我ながら呆れる。
「…うそおっしゃい。……何を、そんなに焦っているの…?あなたにはまだまだたくさんの時間があるのよ。そんなに焦らなくても、ゆうきなら大丈夫よ。だから、もう少し、ゆっくりしたら、どう…?」
心配そうに僕を見つめる。
優しいコトバが、胸に響く。
…でも、『今』完璧じゃないと。『今』じゃないと、ダメなんだ…。
「…だぁーいじょーぶだよ、母さんっ!無理なんかしてないよ。それに、中学デビュー、してみたかったんだよ!だから大丈夫!ねっ?」
とびきりの、作り笑い。
作り笑顔を使いはじめた頃、口角が引き攣っていて、少し不自然だと感じた。だから、それも直したから、大丈夫。ちゃんと笑えてるはず。
「……そう」
「うん!あ、母さん青リンゴ食べる?僕切るよ?」
「…いらないわ。少し、眠くなってしまったの…。ごめんね、来てくれて、ありがとね」
目を閉じられ、僕は手持ち無沙汰になってしまった。
「……わかった。また、くるね」
誰も聞いていない言葉を最後に、僕は病室を後にした。
次の日、体がだるかった。
体温計を咥えてみたけど、熱がある、というわけではなかった。昨日、遅くまで勉強してたからかな…。でもいつも3、4時間くらいしか寝てないし…。
「…はぁ」
浅くため息をつき、体温計を仕舞う。食欲もほとんどなかったが、流石に何も食べないのはよくないと思い、台所に放置されていたチョコレートビスケットを2、3枚かじる。
さくさく…という音が誰もいない部屋に響く。この時間は父はもう仕事場に向かっている。通知の溜まったスマホを消化していく。
『明日、委員会ですね!持ち物ってなんでしたっけ(汗)』
『ごめんゆうきーっ、明日宿題うつさせて〜』
『今週末の土曜日、空いてる…?もしよければ、出かけない…?』
『橋本、このアイドル知ってる〜?めっちゃかわいくね??』
つまんない…。くだらないコトバだな。
下心も見え見え。何が楽しくてこんな会話しなくちゃいけないんだ?
しんど……。
「…っ、ぐぉふぉっ、げほっ、かはっ…」
びしゃっ
……なん、だ、今の…?
むせてビスケットを吐き出してしまった。それは知っている。でも一度にたくさん食べたわけではない。なんで、むせた…?どうして、何が、起きた…?
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ…
スマホのアラームで、ハッとする。急いで床を拭き、制服に腕を通す。昨日の夜用意した重いカバンにスマホをつっこみ、ローファーの踵を鳴らす。キーホルダーも何もついていないそっけない鍵で扉を閉める。
「…いってきます」
誰にも返事されないまま、早足に家から離れた僕だった。
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