鶸鼠鬼共

ルルルルルルル

約束を守った少年と鬼

一人の少年が泣いていた。深緑の森の中、ただ無力に泣いていた。汚い雑巾のような服を纏い、いつからか、いつまでも泣いていた。恐ろしい、大木のような大きな男が、ここに居てくれたら棒付きのキャンディをあげようと少年に話しかけ、少年は腹が減っていたのでそれを受け取ると、言われた場所に座った。座布団のような敷物があったかと思ったが、それは随分硬くて、数分も座っていたら痛くなってきてしまう。大木男はすでにどこかに行ってしまったし、キャンディも3分の1くらい食べてしまった。キャンディは思ったより甘くないし、お尻は痛いし、森の中に一人でいるというのは心細い。

それにこの森には、顔が真緑の、森の化身のような恐ろしい鬼が住むと言われている。さっきの大木男が実はそうだったかもしれないと、少年は後悔していた。

キャンディを舐めていると、力が湧いてくるように思えた。鳥が鳴いてる。虫も鳴いている。葉葉も、地も鳴いていた。なら僕も鳴いていいだろうと、キャンディの分力一杯鳴いた。濡れた翡翠の瞳は純麗で、青暗い森の中一際輝いていた。

ふいに少年は泣くのをやめ、首からがっくり崩れ落ちた。余程疲れたのか、キャンディを地に落としても気がつかない。草陰から覗いていた少女は、もったいないなと思った。しかし、機微はそれだけで、木々のようにジッと少年を見つめていた。


遠くから足音が聞こえた。なにかを探している足音だ。と、少年も気がついたのか、土のついたキャンディを拾い、首を擡げ瞳をぱちくり。日はとうに落ちていて、あたりはより薄暗くなっていた。足音が聞こえる。しかし、大木男にキャンディを貰った手前、ここから立ち上がって家に帰るのは、間違っているように感じた。少年は将来立派な大人になりたかったので、約束を守った。


しばらくすると、少年の目の前の、一際大きな木から、ひょこっと何かが顔を見せた。少年は顔を見せたように思えたが、それは森の化身のように、真緑だった。

(鬼だ)

少年は、なんだか急に恐ろしくなった。

「僕は、約束を守ってここに座っているんです。」

鬼に、静かに話しかけたが、鬼は何も言わない。約束を守る良い子に、鬼とはいえ恐ろしい事はしないだろう。でも鬼は恐ろしいものだし、もしかしたら、僕みたいな子も食べてしまうかもしれない。そう思うと、より一層怖くなった。

またひょこっと、別の木から真緑の顔が覗いた。一匹じゃなかったんだ。少年の心に、キャンディの甘い欠片は残っていない。俄雨のように、静かに泣いたと思ったら、スコールの涙を地に落とした。鬼が何か言ったような気がしたが、まるで人間の話すような言葉ではなく、あぁもう僕は食べられてしまうんだと一層泣いた。でも、知らない大木男との約束でも、少年に破る気はない。鬼が呪文のような言葉を放ったかと思うと、すっと木影から出てきた。少年の恐怖はさらに大きいものになって、発狂しそうになった。なんと鬼は、大木男の倍はありそうな大鬼だったのだ。きっとあの鬼は、僕を頭から食ってしまうだろう。あの影にいる鬼と、僕を肴に酒を飲むのだろう。あぁ神様!助けて、もっと良い子になりますから!キャンディを欲しがったりしませんから!少年は絶叫した。一匹の鬼が一瞬怯み、何か言った。少年は一つ、神様という単語を聞き取った。

「神様!」

少年はもう一度叫んだ。鬼と神様という単語だけは共有出来ている。もしかしてこの恐ろしい緑鬼こそ、僕が求めた神様なのだろうか?ずっと言いつけを守って座っていたから、向こうからやってきてくれたのだろうか?少年は堂々巡りに考えた。一匹の鬼が、少年の近くまできた。薄暗くてよく見えないが、やはり顔は真緑で、全身森の一部分のような色味だった。顔は恐ろしい形相だったが、もう一度少年が「神様」と呟くと、黒っぽい牙を覗かせ笑ったように見せた。


何を言っているかはわからないが、なんとなく安堵のような空気を少年は感じた。と、緑鬼は少年の脇に手をやると、ひょいと持ち上げた。少年は、言いつけは僕自身が破った訳ではないとしながらも、不本意に感じ唇を尖らせる。鬼はまた微笑むと、オレンジ色の光の中に消えた。少年も光と熱と音と共に消え、キャンディを持っていた手首から上と、どこかの肉片だけが少女が潜む草陰の近くに散らばった。


「Booby!!」


他の鬼が叫んだ。少女は、少年はあの鬼達と同じ神様を信じていたのなら、消えていくのもしょうがないと思い、ジャングルに消えていった。

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