同調圧力

 議論は公正、公平でなくてはならない。

 つまり、権力者や利害のある者の同調圧力等に屈してはならない。

 だから、議論は陰圧室で行わなければならなかった。同調圧力を低く保つためだ。


 気圧というものは気体分子が壁にぶつかる力にすぎないと看破したのはボルツマンだかマクスウェルだか知らないが、その発見から「同調圧力」の性質が科学的に解明されるまでそれほど時間はかからなかった。


 どうやら、同調圧力の性質は気圧とほとんど変わらないらしい。

 つまり、その場にいる各人から発せられる「意思」や「意向」の粒が多ければ多いほど、またそれが熱ければ熱いほど、粒は勢いよく周りのものにぶつかるのでその分同調圧力も高くなる。考えてみれば当然のことなのだった。


「ここはやはり吾川あがわが一番だと思うが、どうかね。学歴も申し分ない」

 社長が威圧感のある声で言う。だがその圧は空中で霧散してしまって私のもとには届かない。空調によって部屋の同調圧が低く保たれているからだ。

「いえ。面接を実際に担当したものとして言いますが、伊地知いじちこそが適任です。受け答えに自信がみなぎっている。業界への理解も深い」


 今年の新入社員として誰を取るかは、それほど大きくはないこの会社にとっては存亡に関わる。だから社長までもが会議に参加している。

 なればこそ、この会社で人事を担当するものとして、ここで折れるわけにはいかなかった。


「では宇頭うがしらはどうだい。実直で真面目だ」

 副社長も口を出す。

「いえ。その点についても伊地知のほうが勝っていると感じました。それに、宇頭は副社長の甥っ子さんですよね? 新入社員の枠も少ないのに縁故採用などする余裕はありません」

 こういうことを気兼ねなく言ってしまえるのが陰圧室のいいところだ。

 私はこのような議論を実現させてくれる科学技術に感謝した。


 結局、今年の新入社員の一枠は私が推した伊地知が埋めることとなった。

 部屋を出ると社長と副社長が睨みつけてきたので私は少し後悔する。いくらなんでも本当のことを言い過ぎたか。少し、社での立場が悪くなるかもしれない。


 まあいい。こういうことは公正、公平であるべきなのだ。

 やはり、議論は密室に限る。


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