遅刻

 中学の三年間を皆勤賞で終えても、全く感慨は沸かなかった。

 品田しなだ正行まさゆきは遅刻をしたことがない。

 風邪をひいたときも、宿題が終わっていなかったときも、ハムスターのモカが死んだ朝も。

 遅刻は待たせているみんなの時間を奪う行為だから。そんな大層な主義に則ってそうしているわけではなかった。単純に自分が許せないのだ。

 自分が遅刻することを想像することすらできなかった。怒りに震えるのか。恐怖にさいなまれるのか。わからない。

「遅刻する」ということ自体に実感がわかないのだ。

 だから品田にとっては「遅刻をしない」というよりは「できない」という方が言い得ていた。


 一度、どうしても遅刻をしなくてはならない状況に陥ったことがある。

 母親が倒れたのだ。

 早朝、品田と妹、二人の弁当を用意してくれていたときだった。心筋梗塞だった。

 父はもう仕事に出ていていなかった。

 妹が迅速に救急車を呼んでくれたおかげで一命はとりとめたが、その日も品田は遅刻をしなかった。救急車を呼ぶ呼ばないの阿鼻叫喚のさなかに、いそいそと学校に向かって出かけていったのである。

 それが故で妹には愛想を尽かされた。母はそれ以来ことあるごとに小言を言うようになった。

 品田だって母を見捨てたかったわけではなかった。ただ、遅刻ができないのだ。

 長年染み付いた習慣がそうさせているのか、どうしても足が学校に向いてしまう。

 品田の「遅刻ができない」というのは、そんなレベルの話であった。


 ある日、登校時の品田を大型トラックが跳ね飛ばした。

 品田の体は腹部からほとんど断裂され、頭蓋は潰れ、足の骨はむき出しになった。

 それでもやはり、品田は遅刻をしなかった。

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