お誘い ~feat.横峯くん~
「ほ、ほほほら、久しぶりに会ったから、積もる話もあるかなって、それでえっとっ、だから、あのっ……変な意味じゃないんだよ!?」
彼のキョトンとした顔。
その無垢な瞳は下心を見透かされているようで、私は猛烈な勢いでまくし立てていた。
「……でも、懇親会は今週末ってメールには書いてあるよ?」
「えっ?」
彼が指さしたディスプレイ。
ログインしたばかりのアカウントには、彼の言葉通り週末の懇親会についてのメールが届いていた。
そういえば、幹事がそんなことを先週言っていた気がする。
「あっ、えと……」
「……?」
「……しょ、小学生の頃の話とかって、他の人はわからないじゃない? だ、だから、ふたりの方が都合がいいかなーって……」
これは、どうだろうか。
さすがに既婚者相手にあざといだろうか。不埒だろうか。
でも、私だって長年思い続けてきたのだ。
チャンスが無くたって、ふたりきりで少し話すくらいのことは許されても――
「あ、じゃあそれ自分も付いていきたいっす」
その声は彼の席の対面から、唐突にやってきた。
「片山さんの昔話とか気になるし、付いていっていいすか?」
「えっと……?」
突然の呼びかけに彼が困惑した声を出した。
「あっ、すみませんいきなり。自分は横峯っていいます。ここには去年新卒で入社して、今週末の懇親会の幹事もやってるんで。これからよろしくお願いします、八口さん」
「はい、よろしくお願いします。横峯さん」
「で、付いていっていいすか? 片山さん」
横峯くんの飲み会好きは誰もが知っている周知の事実だ。
付き合いが良く、トークも軽やかで、平均年齢の高いこの職場では最も可愛がられている人材だ。
だから、横峯くんが私たちふたりの間に入って来るのはとても自然であり、逆に私が彼を排除しようとするのは不自然だ。
昔の話を聞きたいと言っているのだから、聞かせてあげるのが普通だ。
だけど――
「あーっと、んー、どうしようかなー。横峯くんは小学校違うからなー」
ここで堂々と断ってしまったらそれこそ宣言するのと同じことだ。
私は既婚者の彼を狙っているので邪魔しないでくださいと、社内で宣言するのと何が違う。
ここでのベストは、横峯くんが自ら身を引いてくれること。
そして横峯くんは空気の読める人間だ。
お願いだから。
別の日にまた奢ってあげるから。
だから、今日だけは彼とふたりきりに――
「えー、いいじゃないですかー。自分も混ぜてくださいよー」
どうして……どうして今日に限って空気を読んでくれないの……?
どうすれば横峯くんをさりげなく説得できるか。
もしくは諦めて横峯くんも連れていくか。
頭を悩ませていると、彼が遠慮がちに口を開いた。
「えっと、ふたりには申し訳ないんだけど、実は僕まだ引っ越しの片づけが終わっていなくて」
「え?」
「昨日引っ越したばかりなんだ。だからお誘いは嬉しいんだけど、今日はちょっと都合が悪くて」
「あ……ああっ、そうなんだ! それは仕方ないね!」
断られた理由が引っ越しの片づけであったことに私の心は心底安堵していた。
「引っ越しの段ボールって片付けるのめんどくさいすよねー。それじゃあ、今日は自分と片山さんだけで行きます?」
「いやいや、なんでよ。私と横峯くんで食事行く理由ないでしょ」
「ちぇー、残念。お酒飲みたい気分だったんすけどねー」
横峯くんと食事に行く理由がないように、行かない理由もない。
だから、本当は横峯くんが行きたいのなら行ってもいいはずだった。
むしろ、可愛い後輩からの誘いを無下にする方が先輩としては問題がある気がする。
「……」
ただ、彼の目の前で男性とふたりきりになる約束をすることが憚られた。
私は彼と小学校が同じなだけの、6年間クラスが同じだっただけの、ただの同僚のくせに。
「はぁ……」
誰にも聞こえないように、小さく溜息を吐く。
大人になった私は、彼の前で女をアピールしたかっただけなのだ。
その事実が、ずっと片思いを抱いてきた小学生の私に対して申し訳なく思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます