挨拶 〜憶えていますか?〜
いつも通りの朝礼が終わって、同僚たちが席に座り始める。
隣の彼も、もちろん私も。
朝礼が終わったのだから仕事はもう始まっている。
私の一挙手一投足に給料は発生している。
でも、私の右手はいつまで立ってもマウスを握ったまま動かない。
仕事なんて手につくはずがない。今すぐに有給を取って家に帰りたい気分だ。
ベッドに飛び込んで、感情に任せて何も考えずに、ずっと泣いていたい。
「……」
同時に、彼のことが気になって仕方がない。
私は失恋した。
奇跡のような再会を果たすも、告白する機会すら貰えずにあっけなく撃沈。
できることは小学生時代に関係を築けていればというIFストーリーを妄想して自身を慰めることだけ。
けれど、彼と話してみたい。
話したって傷つくだけ。
惚気話なんて聞かされたら、きっと私はその瞬間に号泣してしまう。
それでも、彼は16年間想い続けた相手なんだ。
いつか再会できる日を夢見て、何度も会話を妄想したんだ。
失恋したくらいで絶交なんて、この奇跡に釣り合うことじゃない。
「っ……ぁっ……っ」
だけど悲しいかな。
ここで話しかけることができるのなら、そもそも小学生時代にもっと交友できたはずなのだ。
「……ぅっ」
ずっと不安だったこと。
もしも再会できたとして、彼の顔があまりにも変化していたらどうしよう。
そんな懸念は大気圏の外へもう吹っ飛んでしまった。
(ああ、もう……好き。ずっと好きだった顔がそのまま成長してる感じ……。どんな時も微笑んでいるような顔は、サモエドみたいってよくからかわれてたね。でも、集中すると瞳が凛々しくて……隣の席になれた時も、こうやって横顔を盗み見てたことを懺悔します。あっ、耳たぶ小さいのも変わってない。田中さんがクラス中の耳たぶ比べをしてた時、嫉妬しながらも指でいじられる耳たぶから目が離せなかったんだよなぁ……。まつ毛も長くて、マスカラしてる私よりも――)
「片山さん」
「えっ……あ、はい!」
いつの間にか私と彼の間に上長が立っていた。
「八口さんは片山さんと同じプロジェクトに入ってもらうつもりだから、しばらくは色々教えてあげてね」
「はっ、はい!」
「八口さんも、困ったら片山さんにドンドン質問してくれていいからね」
「はい、わかりました」
「それじゃあ、後はよろしく」
そう言ってにこやかに手を振りながら上長は去っていった。
いつも通り柔和なおじさんだ。
「っ……」
彼が私の方を向いている。私を見ている。
憶えてる? それとも、忘れちゃった?
憶えていてくれたら嬉しいけど、忘れられたのならそっちの方が精神衛生上いいかも……ああ、でもやっぱり憶えていて欲しい。
あなたの脳の片隅に、ほんの少しでも私を置いていてくれたのなら……。
「先ほども自己紹介しましたが、八口涼です。これからよろしくお願いします」
「あ、はい……えと……」
「?」
「かっ……片山、です。片山加子です」
「…………え? もしかして、片山?」
ポっと、私の心に火が灯った。
「そうだよね……! ほら、同じ小学校だった天塚だよ」
知っている。わかっている。
あなたは今でも、私の中では天塚涼くんなんだ。
「えっ、えっと……ひ、ひさしぶり……?」
どうして疑問系なんだ私。
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