第11話 あなたはわたしのもの (※ファビーラ)


 一方ファビーラは、アウロアの出て行ったドアを睨みつけ歯軋りをしていた。

 結婚したと告げれば諦めるのでは無いかと思ったのに、見込み違いだったらしい。

 こんな事ならずっと何の意思も示さない人形のままでいてくれた方が良かった。

 


 彼を部屋に閉じ込め自分だけのものにして日々を過ごした。

 ただ彼は、とりつくしまも無く誰も彼も怯え拒むものだから、関係を深める事が出来なかった。

 尽くす自分を見れば彼だって……なのに……


 どうして誰も彼も自分を否定するのか。

 自分は何も間違えた事はしていない。

 正しい事を求めただけだ。


 アウロアは年上の女性に一時惑わされただけ。

 本来なら家格の下の子爵家との縁談など、こちらは鼻にもかけないものなのに。

 両親はイリーシアが何かよからぬ事をしたに違いないと口にしていた。ファビーラもまた、そうに違いないと頷いた。

 そして最後にはアウロアは何故ファビーラを選ばないのかと、こんなに美しく可憐な娘は他にいないのにと嘆いた。

 ファビーラもまたアウロアより年上だが、たったの一歳だ。何の問題も無い。


 ファビーラも不思議に思っている事の一つだ。

 何故ならアウロアのみでなく、社交界でファビーラに声を掛ける者は皆無なのだから。


 それでもデビュタントの頃には随分と持て囃されたものだった。しかし、ファビーラが話し始めると、紳士たちは一様に表情を無くしていった。


 構わずファビーラが話し続けると一人二人と人が減り、やがてファビーラはいつの間にか一人になっていた。

 場所を変え何度かそう言う場に訪れたが、ついにファビーラに声を掛ける紳士は誰もいなくなってしまった。


 淑女から話し掛けるなど、はしたない事。

 でもこんな状態で、どうやって婚約者を探せばいいのかと途方にくれるファビーラに、両親は、世には見る目の無い男ばかりなのだと嘆いていた。

 そしてファビーラが無理に彼らに合わせる必要は無いのだと教えてくれた。


 それから伯父にアウロアとの仲を取り持って欲しいと何度も談判しに行くようになったのだ。


 父は次男だったので、爵位は継げなかった。

 なので平民ではあるが、文官として城に勤めていた。

 伯父という有力な後見人がいる為だ。だから貴族と同等に扱われていた。


 ただ……

 ある日訪れた夜会で、たまたまファビーラは両親の悪口を耳にした。

 どうせやっかみだろうと切り捨てた話は酷いもので、父は仕事のお金を使い込み、近々宰相閣下に呼び出され城への登城を禁止されるというものだった。


 後見人である伯爵も処罰の対象となるが、直に息子に爵位を譲る話が出ているので、被害は最小限であるだろうと。

 こちらをチラリと見て口元を歪めて笑う令嬢に怒り、その場で掴みかかって会場から追い出された。


 ファビーラは何も間違えていない。

 両親は自分を大事に愛し、育んでくれた。

 だから両親が否というものはファビーラも否定するのだ。

 ファビーラもまた、両親を愛しているのだから。





 やがて十歳も年上の男に嫁がされる事が決まり、ファビーラは泣きたくなった。

 しかも相手は平民だ。

 母は泣いていたが、それでも行き遅れという世間の目に晒されるよりはと苦渋の決断なのだと話して聞かせた。

 ファビーラもまた頷いた。仕方がない事なのだ。

 けれど自分には伯爵位の高貴な血が流れていると言うのに……


 美しい従弟と結婚したかった。

 自分の結婚式で、従弟の隣で婚約者として並び立つ、あの女が許せなかった。




 初夜に夫が媚薬について教えてくれた。

 つまり女性の苦痛が和らぐものだと教えられたが、それを使った翌朝、ファビーラは思い付いたのだ。



 これだと



 従弟を手に入れる方法



 けれど従弟は自分を拒んだ。

 はっきりとしない意識の中ですら、口にするのはあの女の名前。

 ファビーラはいらいらした。

 自分に染める為、部屋を自分の趣味で一杯にし、大好きな薔薇を飾り、香を焚いた。



 そしてどんどん効果の強い薬に変えていった。



 けれど、いつの間にか薬は尽きていた。

 ファビーラが自由に使えるお金は、既に無かった。



 常に焚いていた香すら買えなくなり、部屋にフリージアの香りが漂って来た。大嫌いなあの花。

 あの女の為に植えたと従弟が誇らしげに語っていた。

 まさに今庭に咲き誇るあれは、近々花屋に全て売ると決めている。



 そんな中、従弟は目覚めたのだ。

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