第9話 あなたに捧げるもの
回想から戻り、イリーシアはアウロアに改めて向き直った。
「急にごめんなさい。アウロア」
テッドを引き離しながらも、イリーシアは困惑していた。
何故アウロアは来たのか。
彼は……もしかしたら、あれを怒って……
「いや、私の方こそ先触れも無く……すまない」
そう言って、俯けた先の花束に気づき、慌ててイリーシアに渡そうとし……跪いた。
「イリーシア、私と結婚して欲しい」
その時のアウロアには、未来は見えていなかった。
ただ気持ちを伝えたかった。
先程覚えた彼女への怒りは、彼女を目にして溶けて消えた。
今も自分の気持ちは変わらない。
だからその後の、躊躇いがちに告げられたイリーシアの答えに、アウロアは口を丸く開けて呆けた。
「その……ごめんなさい、アウロア。実はあなたと私はもう、結婚しているの」
何がどうしてそうなった────
◇
一番の理由は、両親への牽制だった。
この国では重婚は認められない為、知り合いの神父を頼り、既にお互いの署名を済ませた婚姻届を提出した。
アウロアが目覚め、自分を拒み、別の誰かを選ぶのなら、それに従い離縁すればいいと思ったのだ。
あとは、アウロアの従姉、ファビーラの事だった。
彼女は婚家から追い出され、都合良く記憶を無くしたアウロアと再婚しようと目論んでいた。
それは伯爵邸にこっそりと忍び込んだあの日に偶然聞いてしまった企て。
自分のしている事も褒められた事では無いのだが、そちらは棚の上にぶん投げ、イリーシアは憤った。
あの従姉は、アウロアをずっと憎からず思っていたのだ。
アウロアは気づいていないようだったが、彼女のイリーシアに向ける目は明らかに敵視したものだった。
イリーシアは引くつもりは無い。
三つ下の彼と婚約すると、両親相手にアウロアと立ち向かってからイリーシアの意思は揺るがなかった。
彼女は一見儚く見えるが、気骨のある女性だった。
だから幼なじみのフォンに相談して、アウロアから預かっていた婚姻届を提出し、ファビーラの思惑を打ち砕いた。
そしてそれを知ったファビーラはイリーシアの元へ押し掛けたが、イリーシアはアウロアの誕生日に婚姻届を出しておくと約束してあったと言い張った。
実は提出日を調べられたらどうしようかと、内心ではハラハラしていたが、有難い事にファビーラはその言葉を信じ、悔しそうに顔を歪め帰って行った。
最後に、アウロアは離縁を望む筈だから、すぐにこの婚姻は無効になると捨て台詞を吐いて。
イリーシアは不安になった。
けれど、離縁の申し立ては訪れなかった。
離縁にはお互いの意思が確認される。
アウロアのあの状態では、言質は取れなかったのかもしれない。
ふと息を吐く。
イリーシアはこの綱渡りの状況が最善だとは思っていない。
けれど自分にはこれしか出来なかったのだ。
◇
途端にイリーシアの瞳からぼろぼろと涙が溢れた。
「本当に? 離縁では無く、私に求婚に来てくれたの?」
その言葉にアウロアもまた泣き顔を作った。
「私はあなたに、生涯を通して求婚か求愛しかしない」
そしてどちらともなく手を広げ、抱き合った。
テッドは二人のその様を、羨ましそうに眺めていた。
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