第2話 記憶を失くした過失
イリーシアは三歳年上の女性だった。
アウロアは子どもの頃親に連れられたお茶会で、イリーシアに一目惚れした。
十一歳の時だった。
十四歳のイリーシアは自分よりずっと大人びていてこの恋を実らせる為アウロアは必死だった。
そして伯爵家嫡男という肩書きと、両親たちへの懸命な説得で、やっとイリーシアと婚約出来たのだ。
アウロアが十三歳の時だった。
イリーシアはデビュタントの直前で、アウロアは冷や汗を拭ったものだった。
もしイリーシアが他の誰かに目をつけられてしまったら、それでも自分は一歩も引く気は無かったけれど、やはり気が気では無かった。
だから彼女が広く知られる前に、彼女の隣を勝ち取った事に一先ず安堵していた。
けれど、それからの三年間は長かった。
この国で成人が認められるのは十六歳だ。
それまでは婚姻が出来ない。
本当なら女性の十九歳という年齢は少しばかり行き遅れ扱いをされる年齢ではあるけれど、と、アウロアがそう気兼ねするとイリーシアは笑い飛ばした。
「アウロア、あなた一体どれだけ私に、『待ってて』って言ってきたと思っているの? 心配しなくても、いくらだって待つわよ」
その言葉を聞けばアウロアは安心して、嬉しくて、いつものようにイリーシアの掌に自分の頬を押し付けて甘えた。
「大きな犬みたいね」
子どもみたいな扱いは少しばかりむっとするものの、イリーシアの手に掛かれば、アウロアは腹を出して甘える事も厭わないと思う。
仕方が無いので苦情は口にせず、彼女に縋って幸福な時間を噛み締めた。
成人と共に爵位を父から継ぐ事にした。
それが、イリーシアの両親の結婚の条件だったのだ。
あちらの家は年下のアウロアにあまりいい顔をしなかった。
どちらかと言うとイリーシアの世間体を気にしていたのだろう。
女性の方が三歳年上と言うと、確かに何かあるのかと思われるものだ。
だが当然アウロアに異は無かったし、イリーシアの為に必死に領地経営の勉強をし、社交界のマナーも学んだ。
アウロアの十六歳の誕生日の次の日、挙式の予定だった。
誕生日当日は、城へ行き、陛下から爵位継承の許可を貰った。
父母は屋敷を辞去するが、比較的近くに住まい、しばらくアウロアたちの様子を見守ってくれる事になっていた。
謁見に何の問題も無く、アウロアは急ぎ自領へと戻った。
翌日の素晴らしい誕生日プレゼントに思いを馳せて。
けれど……
帰りに馬車が崖から転落した。
両親は帰らぬ人となり、アウロアは意識不明の重体で、目覚めた時には記憶も無かった。
そして叔父夫婦が出張ってきてアウロアの後見人を申し出たのだ。
難しいところではあった。
一応アウロアは成人しており、爵位も継承していた。
けれど彼らは、こんな状態の甥を放っておけないと息巻き、自分たちは血縁者であり家族だと屋敷に居座った。
そして何よりアウロアが、記憶を無くした事により、全く別人のように大人しく、常に何かに怯えるように過ごすようになってしまったのだ。
医師の話では、事故によるショックが大きかったのだろうというもので……
そしてアウロアは、イリーシアを遠ざけてしまったのだ。
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