遺す者、それを受け取る者
空廼紡
第1話 オネェとメガネと依頼と
それは、エルジオンのガンマ区画を歩いていたときのことだった。
「アンタらいい加減にしろよ!」
甲高い男性の声が耳を劈き、アルドは反射的にそちらに視線を向けた。
そこには、アルドと歳が同じくらいの男が一人と、その男の向かいに女物の服装、しかもスリットが入っているものを着ている、屈強な男達が三人いた。
(あれってもしかして、エイミが言っていたオネェっていう人たちか?)
この時代だとそれほど珍しいほどでもない、と言っていたが思っていた以上にインパクトがある。初めて見るオネェにアルドは釘付けになった。
「いいじゃないのぉ。それくらい」
「それくらいが大事なんだよ!」
見た目だけではなく口調もインパクトのある人達みたいだ。本当に口調も女性よりなんだなと思いながら、男の方を見た。
対して男のほうはオネェたちに比べるとたいそう地味で、見た目の特徴は眼鏡くらいしかない。もしかしたら、オネェたちがインパクトが強すぎて、かえって地味に見えてしまうだけかもしれないが。
それにしても何かあったのだろうか。アルドは眉間に皺を寄せる。
(喧嘩なら止めないと……)
その団体に近寄ろうとしたが、眼鏡の男がまた怒鳴り散らした。
「なんだよ、メガネストって! 偽名でももっとマシなやつがあるだろ!?」
「じゃあ、メガネティウスで」
「ちょっと神話っぽい名前にしてほしいってことじゃねぇよ!! メガネから離れろっていう話だよ!! ていうか、ただのボーイなんだから偽名なんて必要ないだろ!!」
「これからの時代、ボーイも個人情報を守る時代よ」
「たしかに店員の名札から住所を特定されてストーカーされた事件があったけど!! だからってメガネはないだろ!!」
喧嘩は喧嘩でも、身内同士の喧嘩みたいだ。
(これは下手に突っ込んだら駄目かな。けど、メガネティウスって)
噴き出しそうになるのを堪え、アルドは物陰に移動した。
(この後の展開が気になるから、もうちょっと覗こう)
相手側から死角になる所に隠れて、耳を傾ける。
「メガネティウスってまだマシなほうよぉ? アタシなんかアゴレーヌよ?」
ケツアゴが印象的なオネェが溜め息をつきながら言う。
「アタシなんかって言っているのに、なんでなんだかんだで受け入れているの!? 声を張り上げて抵抗しろよ!!」
そこで残りの一人の、禿げ頭のオネェが小さく手を上げた。
「ちなみにアタシはハゲミ」
「ほんとなんで受け入れた!? 酷すぎるだろ!? もう悪口を通り越して嫌がらせだろ!? なんで変なところで寛容なわけ!?」
メガネの男が大声で突っ込みを入れる。
(アゴにハゲって……まんま過ぎるだろ)
本人が名付けていないようだから、名付けているのはリーダー格と思われるオネェが命名したのだろうか。
そのオネェは他の二人と違って髪があってケツアゴでもない。歳はとっているようだがそれが渋い感じを醸し出していて精悍な顔付きだ。ただ、眉毛がとても濃い。
「だってぇ。お客さんだって見た目通りの名前のほうが覚えやすいでしょう?」
「ならあんたもさぞ覚えやすい名前なんでしょうね?」
「もちろんよ」
リーダー格のオネェが胸を張った。
「じゃあ一応聞きますけど、名前は?」
「ママ」
「は?」
「だ、か、ら! アタシの名前はママよ。どう? すごく覚えやすいでしょう?」
「あんただけ安全圏にいるんじゃねええええぇぇぇぇ!!」
男が今回一番の怒声を上げた。
「これぞ、経営者の特権っていうものよ」
ママと自称したオネェがフッと笑みを浮かべて、ドヤ顔を見せた。
「アゴレーヌとハゲミって付けるくらいなら、自分にもそれ同等の名前を付けろよ!!」
「でも結局ママって呼ぶんだから、それ以外の名前なんて必要ないでしょ?」
「それもそうだけどぉ」
「でもママに名前を付けるんなら、マユコ?」
「マユマユ?」
「それだとただの痛い子でしょう。マユリーナとかどうでしょう」
「あ、それいい~!」
「メガネティウスもなかなかのセンスじゃない」
「メガネティウスじゃねぇ!!」
アルドは苦笑した。
(仲が良いな、あの四人。そろそろ行こうかな)
その場から離れようとしたが、男がわざとらしく咳をして腕を組んだので、何をするのだろうかと足を止めた。
「話を元に戻して、やっぱりちゃんとした名前にしましょうよ。そんなギャグ漫画みたいな名前、いい笑い者にされますよ」
「あら、いいじゃない。お客さんが笑って癒やされるのだったら」
「いや、そういう問題じゃないですよ。名前って大事なんですから、ちゃんとした名前でしたほうがいいですよ。その名前じゃ苛められますよ。越えてはいけないラインを越えちゃいますよ」
「ママを見て。苛められる風貌だと思う?」
アゴレーヌがママを指差しながら訊ねる。男はママを見てハッとした顔をした。
「あ、ごめんなさい。苛める方が裸足で逃げ出しますね」
「ちょっとぉ! アゴレーヌに言われたくないわよ!」
「ママのほうが厳ついでしょ!」
「アタシから見たら五十歩百歩よ」
「あんたも似たようなもんだろ」
すかさず男が突っ込む。男が盛大な溜め息をつきながら続けて言った。
「ただでさえ周りから蛾呼ばわりされているんですから、せめて名前だけでも舐められないようにしないと。曙光華劇団を見てくださいよ。劇団員全員が星にちなんだ名前ですよ。ほら、オシャレで覚えやすい」
男が出した劇団の名前を、アルドは聞いたことがあった。
(曙光華劇団……たしかエイミが言っていたな。女性だけで構築された劇団で、男装麗人がたくさんいるから娘からばあちゃんまでの女性に大人気の劇団だって)
エイミの友達も曙光華劇団にハマって大変なのだと言っていたような気がする。
(星関係の名前か……たしかにオシャレで覚えやすい)
なににせよ、関連性がある名前のほうが覚えやすいのは確かだ。面白味がなくなるが、客に覚えやすいようにするのであればそちらのほうがいい気がする。さすがにアゴレーヌとかハゲミとか酷いと思う。
「蛾? フッ、そんなの好きで呼ばせなさい。悪口を言っている時点でお里が知れている奴のことを真に受けることはないわ」
ママが持っていた扇を開いて、それを口元に添えた。
「蛾? それでもいいわ。でもアタシ達はただの蛾になる気はないわ。蛾は蛾でも、かつて世界一の美しさと謳われた幻のラピラズガにアタシ達はなる!!」
「さすがママ!」
「アタシ達、ママに一生ついていくわ!」
「アタシ達って、ここにいない後の三人のことは無視かよ」
どうやら仲間があと三人いるらしい。その三人も屈強なのだろうか。想像するだけで暑苦しい。
「あら、後の三人もついていくっていうわよ」
「あの三人もママに惚れ込んでいるからねぇ」
アゴレーヌとハゲミがねー! と手を合わせながら同調した。お互いの手を離したところで、アゴレーヌがママに向き直る。
「でもママ~。ラピラズガって見たことないから、ラピラズガになるって言われても方向性が分からないわ~」
「ラピラズガは瑠璃色の蛾よ。シルエットも美しくて、初めて見た人は蝶と勘違いするほどだったらしいわ。そう、まるで宝石のラピスラズリが飛んでいるみたいだったとか。でも、汚染によって絶滅したっていう話ね」
「じゃあ実物は見れないってことね」
「そうなのよねぇ。ラピラズガを描いた絵はあるけど、一般人が描いた想像図だから、実際のところは違うだろうし」
「となると、標本くらい?」
「お馬鹿ねぇ。金持ちすら見せることを躊躇うくらいすっごい高い標本、見られるわけがないでしょ」
「でも見てみたいわぁ」
三人が悩むのを、男が溜め息をつきながらも見守っている。
アルドは腕を組んだ。
(そうか。ラピラズガってもうこの時代にはいないのか)
確かにラピラズガは綺麗な蛾だ。アルドの時代にもいたが数が少なく、見かけたことは一回しかない。
「あんなに綺麗な蛾だったのに残念だな」
小さく呟く。
本当に小さく呟いたのに、ハゲミと呼ばれていたオネェが声を張り上げた。
「ママ! さっきから物陰に隠れている男の子がラピラズガのこと知っているみたいよ!」
「なんですって!」
「やばっ!」
盗み聞きしたことがバレていた。逃げようとしたが、その前にママが猛ダッシュでこちらに向かってきて肩を掴まれた。その力は強く、ミシミシと肩が鳴って激痛が走った。
「ちょっと! あんたの馬鹿力、洒落にならんから手加減しろ!」
「大丈夫よ。ちゃんと手加減しているし。それにこの子、見た目に反してなかなか鍛えているみたいだから」
「あらら~! 本当ね~! うちの子と同い年くらいなのに、すごいわねぇ。ハンターをしているの?」
「い、いえ。旅人です」
アルドはたじろぎした。遠くで見ても迫力があったが、近くで見るとさらに迫力があって、思わず敬語を使う。
「でも合成人間と戦っているんでしょ?」
「まあ、成り行きでボチボチと」
「じゃあ半分はハンターね」
「いや、本職じゃないんで」
「謙虚ねぇ。一般人は合成人間を倒せないんだから、堂々としていればいいのにぃ」
「あははは……あの、逃げないんで離してくれませんか?」
「あらやだ。ごめんなさいね」
半笑いを浮かべながら頼むと、ママはあっさりと離してくれた。掴まれたところがヒリヒリ痛い。軽く擦っていると、ママが口を開いた。
「話を戻してアンタ、ラピラズガを見たことがあるの?」
「は、はい」
「標本を? それとも絵?」
「標本、のほうですね、うん、はい」
実際の所は生きている実物を見たことがあるのだが、それを正直に言ったら駄目だ。もう絶滅した生き物を見たことがあると言ったら、この場だけの騒ぎではなくなるかもしれない。
「ねぇねぇ! ラピラズガってほんとうに綺麗?」
「はい、綺麗な蛾でしたよ。ママ、さん? が言っていた通りの」
「実物見てみたいわぁ」
「そうねぇ。絵だけでも店に飾っていたら、心持ちも違うでしょうね」
「見本が近くにいると、引き締まるわねぇ!」
そう言いながらオネェたちがアルドのほうを見る。その目力に圧倒され、思わず一歩引いた。
「ねぇ。少年」
ママがにっこりと笑って、アルドに話し掛けた。
「は、はい。なんでしょう」
「盗み聞きって悪いことよねぇ?」
「あ、はい。ごめんなさい」
「お、詫、び、に! 絵でもいいから、ラピラズガを持ってきてくれないかしら?」
「ちょっと、そんな無理難題なことを」
男が慌てて止めようとするが、アルドがそれを制した。
「大丈夫だ。アテはあるから出来ると思う」
「やったー! 言ってみるものね!」
「もちろんタダじゃないわよ! お礼もするから!」
「当たり前ですよ!」
男が怒りながらそう返すが、キャッキャッと喜びの声を上げているオネェ達には響いていないようだ。
「それじゃ、お願いね! 少年!」
とびっきりの笑顔を見せて、オネェたちがこの場から去って行く。
それを見送った後、男がアルドに振り返って頭を下げた。
「すいません! ご迷惑をおかけして! 悪い人たちではないんですけど、時々無理難題を振りかけるというか、その」
「いいって。盗み聞きしていたオレも悪いし」
「本当にすいません。ところで、アテがあると言っていましたけど、どんなアテが」
「あ、あー。知り合いに絵が上手い人がいるから、その人に頼んでオレが見たラピラズガを描いてもらおうかなって」
「なるほど。そういうことですか」
男は納得した風に頷いた。
「えーっと。すいません、お名前を伺っても?」
「アルドだよ」
「アルドさんですね。アルドさん、僕からもお願いします」
「ああ」
男がもう一度頭を下げて、オネェ達の後を追っていった。
「さて、と」
アルドは腕を組んだ。
「標本もその気になれば出来るけど、店に飾るとか言っていたから絵の方がいいよな」
標本は高いらしいので、もしかしたら盗難に遭うかもしれない。絵でもいいって言っていたからいいだろう。
「バルオキーに行って、アイツに頼もう」
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