浮かぶ入道雲と青い空

@vodlice

ワイパーと縞模様

 最悪だ。

フロントガラスに無常に伸びる白いラインを睨みながら私はそうぼやいた。

 ここは日本の南の方、鹿児島県。

よくニュースで出るヤシの木のせいか、温暖な印象をもつ人も少なくない。

この県には都市と活火山が隣接するのは世界でも珍しい活火山・桜島がある。

年中噴火しているため、県民は驚く事もなくなっているが、天気予報と一緒に流れる降灰予報は旅行客に衝撃的なんだとか。

 

 今日の天気は曇り。

先日まで暖かく天気の良い日が続いていたがそんな面影などなく、吹き荒れる北風は再び厳しい冷え込みをもたらした。

そんな寒さなど気にもせず通常通りの噴火を繰り返す桜島。

北風に乗ってやってくるのは灰色のギフト、火山灰。

それらは見事に私の車に降り注ぎ、フロントガラスを覆っていた。

私は空を見上げ、車に乗り込んだ。

真っ黒な雲が空を埋め尽くしている。

きっと一雨くるだろう。

そんな事を考えていた私が間違っていた。

 

 動くワイパーは滑りにくそうにギギギと音を立てて目の前を過ぎ去っていく。

それを追いかけるように広く長く伸びるのは灰と遠慮程度に天からもたらされてた雨粒から生まれた湿気。

本来、空気が乾いていれば車を走らせるだけである程度は吹き飛んでくれる。

だがこの天気、歩きなら助かったと言えるが灰の積もった車にはまさに最悪と言えるだろう。

いっそのこと土砂降りの方が車だけではなく家や道路の灰も一気に流してくれて気持ちがいいとさえ思うのが灰の降る地域に住む住民の感想だ。

 ならウォッシャー液を使えばいいじゃないか、と言われるだろう。

勿論、私は使う。なんなら使った。

ただしこの点にはいくつか注意点がある。

そもそも火山灰とはガラス質だ。

もっと元を辿れば火山岩。

そんな硬いものが細かくなり粒となって降り注ぐ。

当然、傷も付きやすくフロントガラスに傷がつく恐れがある訳なのだ。

時間があればホースをを使って水で流したり、洗車にかけることをおすすめする。

だが私は仕事に向かっている。

今、時間に余裕はない。

そしてウォッシャー液のレバーに手をかけた。


 無機質に流れる排出音。

 シャーっと音を出しながら横切るワイパー。

だがそこに液体の姿は見られない。

 

フロントガラスには無情にも湿気と美しくコラボレーションした灰の粒が縞模様を描いていた。


 場所は鹿児島加世田線。

鹿児島市から南さつま市加世田に向かう道だ。

地元のテレビが紹介していた饅頭の店を傍目に私は深い溜息を落とす。

この先数分は山が続く。

道路の脇を過ぎ去っていくのは青々としげる木々。

窓を開ければしっとりとした土の匂いと木の香り。

交通量がそんなに多くないこの道路では都市部では味わえないマイナスイオンで溢れている。

峠はクネクネと山頂に向かって蛇行を続ける。

途中追越車線もあるのはかなり良心的だと思っている。

山頂にはやっているのかわからない古めかしいお店に走行注意の看板。

そして前回は見かけなかった速度落とせの看板が真新しい黄色のペンキでその存在を強調していた。

いつものことだと通過すれば今度は大きな下り坂。

 ここからは2段にわけて大きな坂がある。

その1段降りたところには大坂と呼ばれるほど長い下り坂になっている。

そこまで大きくない小さなスーパーにこじんまりとした郵便局。

私はたまにこの郵便局を利用する。

お世辞にも大きいとは言えないがひっそりと静かで落ち着いた雰囲気の郵便局は忙しなく生きる中では心地よく感じる時があるのだ。

その先には団子屋さん。

そこそこ前を走る車が入っていくのが見えるところを見れば有名なのかもしれない。


 しかし、フロントガラスの縞模様をなくしてくれるような場所はどこにもない。

 

下りは続き木々や草が道路脇を賑わし続ける。

だがふとした時に視界を遮っていたものが開ける。

 金峰ダム。

道路脇にちょっとした駐車場のあるこのダムはしかし観光には一押し足りない。

だがこの道路を使う人々には役立っている。

仕事の合間なのかタバコを取り出すおじさん、コンビニ弁当を貪る若者、営業に向かうのかスーツ姿で背もたれを倒し横になるサラリーマン。

色々な人々が思い思いに時間を過ごす駐車場。

今日も数台車が止まる駐車場を通過すればふと空へと目を向ける。

天気は相変わらずだが所々雲の隙間から差し込む光が美しい。


 しかし、縞模様はまるでアートのように私の視界を遮り続けた。


するりと傾斜に預けて走っていたが不意にブレーキに掛ける足に力が入る。

のんびりと脇道から出てきたのはクローバーマークの軽自動車。

ゆっくりゆっくり走るのならまだしも何もない場所での急なブレーキ、ヨタヨタと頼りない動きに何を思ったのか中央線に堂々と乗っかる運転には気を抜くことはできない。

ジリジリと前で何が起こっても対処出来る車間距離を保つ。

行動が予測できない相手だと気が休まらないので景色などにも目はくれない。


縞模様は少し邪魔ではあるが。


 もうすぐバイパスが出来るであろう工事中の区間に差し掛かった。

ここからは少しの間二車線になる。

私はするりとクローバーマークを追い抜いてホッと一息。

少しと疲れと水分補給で行きつけのコンビニへと車を向かわす。

田舎特有の広々とした駐車場は例え店内が混雑していてもスムーズに駐車することが出来る。

車から降りればフロントガラスに目をやる。

あれから雨粒が降り注ぐことは一度もなく縞模様はしっかりとこびりついていた。

ここで水を貰うことも考えたが恥ずかしくなりやめる。

何より目的地はそう遠くない。

 顔見知りながらも世間話をすることはない店員から弁当と緑茶を買い車に戻る。

いつもは地方限定・鶏飯を温めて貰い車で食べるのだが今日は運悪く品切れ。

どうやらついていない日らしい。

そんな事を考えながら割り箸を開け唐揚げを口に運ぶ。


 目の前には変わらずあり続ける縞模様。


 結局、目的地までそのままだった。

ちょっとした事だが、いざという時に困る。

せめて水はしっかりと入れておこう。

私はそう呟いて車に鍵をかけた。


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