真面目で正直な彼氏
今日は娘の結婚相手が挨拶に来る日で、父親はとても緊張していた。だけど、娘は前日に電話をくれて、「とても真面目で正直な人だから、きっとパパも気に入ってくれるよ」と嬉しそうに報告してくれたのだから、きっと大丈夫だろうと信じていた。それに、あの子がちゃんと選んで連れてくる人なのだから、快くオッケーしてあげようと、そう思っていた。
「パパ、彼氏連れてきたよ!」
娘が元気いっぱいで連れてきた彼氏は、きちんとしたスーツを着て、姿勢を正して立っていた。見た感じ好青年。なんだ、ちゃんとした人じゃないか、と思って安堵をする。
「あの、こちらつまらない物ですが……」
彼氏が父親に手土産を渡す。ケーキが5つくらい入っていそうな箱を丁寧に手渡した。
「いいよいいよ、そんなに気を遣わなくても」
遠慮しながら受け取った箱は随分と軽かった。父親は首を傾げる。
「あれ? なんだかこれ空箱みたいだけど……」
「え、ほんとですか!?」
彼氏が慌てて父親に渡したケーキの箱を空けるとすでに食べ終わって空になっていた。中からはほんのり甘い匂いだけが漂っている。
「あ、すいません。こっちじゃないです!」
彼氏が慌てて戻ってまた同じような箱を3つ程取り出して、次々と開けていく。だけど、中身は3つとも空。
「ああ、僕としたことが……。すいません、ちゃんとしたの取って来ますから!」
父親は娘に尋ねた。
「なあ、あの人大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、パパ。カレすっごい真面目だからここに来るまでにも仕事をしていたのよ」
「仕事?」
「そうよ。カレ動画撮影していてめちゃくちゃ大人気なのよ」
「職業が動画投稿者なのは良いとして、その仕事とケーキがなくなることの何が関係しているんだ?」
「彼は大食い系の動画投稿者だから、ここに来るまでも練習がてらケーキを山ほど買って食べていたのよ」
「えぇ……」
父親は困惑してしまった。
「あ、でも。いろんなものいっぱい食べた結果ここのケーキが一番美味しいっていう結論になったからここのケーキを買ってパパに食べさせてあげようっていう話になったんだよ」
「そ、そうか……」
少し変わってはいるみたいだけど、美味しい物を食べさせてくれようとしていたというのなら優しい子なのだろう。そんなことを考えていると、ちょうど彼氏が戻ってくる。
「いやあ、すいません。今度はちゃんとしたの持ってきましたので」
渡してきた箱はたしかにちゃんとケーキの重みが感じられた。ようやく安堵していると、彼氏が「あ、やっぱり待ってください」と言って箱を空けた。きちんとケーキが入っていて、ごく普通のケーキの箱なのに、彼氏が覗き込んでいる。
「ん? どうしたんだい……って何してるんだい!?」
彼氏がパクパクと素手でケーキを食べ始めた。そのペースは確かに大食い動画を投稿しているというわけあって早く、一瞬にして箱を空にしてしまった。
「えっと……これはどういうつもりかな?」
「美味しかったんでつい食べちゃいました」
ポカンと口を開けている父親の前で、真面目な顔で彼氏は答えた。そんな彼氏の横で、娘が元気に言う。
「彼は正直な人だからね!」
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