鍋でもつつきながら
「あのさ、たしかにせっかくのお休みの日だしオペラでも見ながら鍋でもつつきたいわね、とは言ったけどさ?」
ここまで集中して見てはいたけどさすがに看過できないと思い、わたしは夫に声をかけた。
「え、うん」
夫はわたしの声がよく聞こえなかったのか、鍋の中に入った豆腐を慎重に取りながら適当に生返事をする。だけどそんな夫の様子を気にせずわたしは続けた。
「普通はさ、オペラをテレビで見ながら鍋をつつくものだと思うのよ」
「うんうん」
「なんで家にオペラ歌手に来てもらって目の前で歌ってもらいながら鍋つついてるのよ!!!」
わたしが大きい声で話すのは目の前でオペラ歌手が全力で歌っているから声が聞こえなくなってしまうということもあるが、それ以上に夫への怒りという側面が大きい。夫がお金持ちなのは良いのだけれど、たまにとんでもなく非常識なことをしだすから困っていた。
そんな風に違和感を指摘していたら、夫が冷静に、だけどオペラの音に負けないように大きな声で窘める。白菜を咀嚼しながら。
「せっかくのオペラの歌唱中にそんなに喋って失礼じゃないか?」
「歌唱中に鍋突いている方が失礼よ!」
そのわたしの叫びとほとんど同じタイミングで音が止んだ。どうやら演目が終わったようである。わたしたちの非常識な行為にも嫌な顔をせずにきちんとお辞儀をするオペラ歌手のプロ意識はさすがであった。そんなオペラ歌手に敬意を払ってわたしもお礼を言った。
今度は実際の会場に行って目の前で鍋をつつく夫のいない場所でしっかりと集中して見させてもらおう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます