雰囲気作り
「で、何の用だよ?」
川沿いの橋の上に呼び出された男が、女に問う。男は大事な話があるからと言われて呼び出されたのだ。
その橋の上はとても景色が良かった。流れる川が一望でき、近くの桜の木から舞い落ちる桜の花が花筏となって流れていく様は風流である。例えば愛の告白なんかをするための雰囲気を作るのには最高の場所だろう。
女は雰囲気を大切にしようと思って男をここへと呼び出した。信頼できる友人に相談した際に、男から良い返事を引き出すには雰囲気作りが大切だよ、と言われていたのだ。
「ねえ、この間の返事がそろそろ欲しいなあって……」
女が緊張したような、照れたような表情を作って話を切り出した。川面を流れる薄桃色の綺麗な桜の花のように可憐な声を出す。女はとにかく良い雰囲気を作り出したかった。
だが、男からの返事は女にとって良い内容のものではなかった。
「悪いけど、この間の話は断らせてもらうから」
「そう……」
女は心底ガッカリしたように振舞った。できるだけお淑やかに、可愛らしく、無害に見えるように。
そして、声色と表情を180°変える。
「花筏が水面を覆っていたら、沈めてもバレないでしょうね」
友人にしっかりと演技指導までしてもらったドスの効いた声色に、冷たく冷酷さの伴った表情で言った後に、男を軽く押してしまえば、油断していた男の体は欄干にぶつかった。
ここまで温和な雰囲気を作っていたから、男にとってはそれなりに不意打ちになっただろう。本来感じるべき以上の恐怖感を持ってくれたに違いない。きっとリアルに花筏で底が見えない川に落ちる情景が浮かんだに違いない。
「わかった、返すよ! 返すから」
慌てて財布から押し付けるようにして5万円を取り出して女に渡すと、逃げるようにして去っていった。どうやら上手くいったようだと女は安堵のため息を吐きだした。
返済してもらえないお金を返してもらうには雰囲気作りが大切だと友人から教えてもらった。初めはいかにも優しそうに、気弱そうに伝えて相手に無害性をアピールする。そして、その後に一転して、まるで返済しないと命を奪うかのように演出すれば、ギャップで勝手に怖がってくれて上手くいくよと教えてもらったのだ。
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