ヘンテコ物語集
西園寺 亜裕太
師弟関係
「ちょうどこのくらいの時間が良いんだよ」
昔俺にスリの技術を教えてくれた師匠のしわがれた声が脳内に響いた。俺がスリをしようとするときにいつも脳内では師匠の言葉が出てくる。
日中は明るすぎてすぐにバレる。夜が更けてくると皆警戒心が強くなってくる。だから師匠が教えてくれたのは宵の時間帯。
ちょうど人々の警戒心の死角になる時間だという。
日はつい先ほど暮れた。夏の日暮れは遅い。時刻は20時頃で立派な宵の時間。しかし人々は日中と変わらぬ無警戒な様子で汗をかきながら歩いている。俺に言わせたらどうしてそんな無警戒に過ごせるのか分からない。まあ、仕事がしやすくて助かるのだがね。
なんて考えながら俺は狙いを定める。目の前から歩いてくる何か考え事をしてそうな心ここに在らずの男。
ちょうどカモが歩いてきた。意識を手元に集中させる。俺はその男からすれ違いざまにサッと音を立てずに財布を取る。我ながら職人技である。相手は気付かずに俺が歩いてきた方向へと去っていった。
家に帰る道中ふと喉が渇きジュースでも買おうとコンビニに入り異変に気付いた。会計を済まそうとズボンのポケットを触るとあるはずのものがない。
"なんで俺の財布が無くなってるんだよ!"
俺は心の中で叫び声をあげた。
☆☆☆☆☆☆☆
時を同じくして先ほどスリの男とすれ違った男もまた異変に気付いた。
「師匠からスリは宵のうちにやれと言われて無警戒の男から財布を盗ったのはいいけど……僕の財布はどこに行ったんだろう……?」
互いにスリをし合った男たちは彼らの師匠に弟子が沢山いるなんてことは夢にも思っていなかった。
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