37.お辞儀をして手を取った

 舞踏会は盛況せいきょうのようだ。


 耳をすませば、良い雰囲気の音楽が、かすかに聞こえてくる。月明かりに浮かぶ中庭は、そよ風に花壇かだん草花くさばながゆれて、幻想的だった。


 木造きづくりの長椅子ながいすに座って、背中を伸ばす。


 隣にはギルベルタがいて、そのひざでは、さんざん暴れて満足したのか、ジゼリエルが小さな寝息をたてていた。


「ずいぶん早く来てたんだね」


「そりゃもう、最初から最後まで、しっかり楽しんでやろうと思ってさ」


 ギルベルタが、冗談めかして笑う。


「間に合って良かったよ。なんだか挨拶あいさつが遅れてて、見に行ったら、ランベルス達が大騒ぎでね。ユーディットが役目を放り出すなんてあり得ない、深刻な問題が起きているって、言い張るのよ。そうしたらアルフレートが、すごい勢いで飛び出してってさ」


 くす玉は、割られていなかった。


 そこまで信じてくれていたことが、なんだかくすぐったい。でも、おかげで、ことなきを得た。


 最上級生達は、駆けつけた教授陣に、ぼろぼろの状態で引っぱられて行った。鼻血まみれになっている奴や、顔の形が変わっている奴、手足が変な方向に曲がっている奴もいた。


 やりすぎだなんて思わないぞ。


 アルフレットもランベルス達も、事情を聞くのに呼ばれて行った。


 完全部外者なギルベルタとジゼリエルだけは、早々に逃げてきた。まあ、不法侵入だしね。


 あたしは当事者だけど、アルフレットが教授にとりなしてくれて、とりあえず放免ほうめんになった。へとへとに疲れていたから、申し訳ないけれど、ありがたかった。


 気が抜けた感じで、夜空を見上げるあたしのほおに、ギルベルタが軽く手を触れた。


「私はね、ユーディット……ごめんね。最悪の場合、全力でアルフレートを、止めるつもりでいたの」


「ありがとう。なんで? ごめん、じゃないよ」


「……ユーディットの気持ちも、アルフレートの気持ちも、考えてなかった。だから、やっぱりごめん。それから、すごかった」


「え……?」


「一番怖い目に合ったのに、一番強くて、一番優しくて……アルフレートのことも、ちゃんと守ってくれた。もう本物だ」


 ギルベルタがあたしの髪を、くしゃくしゃとかき混ぜた。


「胸を張って良いよ、ユーディット。あんたは立派な、クロイツェル侯爵夫人だよ」


 言葉が、すとん、と胸に落ちた。


 それを抱きしめるのに、少し時間がかかった。


 ゆっくりと熱を持って、身体中に広がった。顔が熱くなって、涙があふれてきた。


 今まで麻痺まひしていたんだろう。いろいろな感情が込み上げて、泣きじゃくった。


 恥ずかしいな。


 ずいぶん泣いて、ようやくおさまりそうになったと思ったら、ふわりと抱き上げられた。


「なにを泣かせているんですか。許しませんよ、ギルベルタ」


 アルフレットが、満月に浮かぶように微笑ほほえんでいた。


 顔が近いよ。抱きしめて、口づけをした。


 そよ風に乗って聞こえてくる円舞曲えんぶきょくが、甘く、切ない旋律せんりつに変わる。月の明かりも、なんだか、ほのかにかげったみたいだ。


「せっかくの舞踏会です。踊りましょう、私のユーディット」


 立って、向かい合う。


 お辞儀じぎをして手を取った。


 あたしは大乱闘であちこち汚れた詰襟服つめえりふくで、あお洒落しゃれた上下のアルフレットに申し訳なかったけれど、まあ、いいよね。


 本番のお披露目ひろめでは、ちゃんと素敵な格好するから、さ。


 夢見心地ゆめみごこちで踊っていると、視界のはしっこに、みんなが見えた。


 ギルベルタとジゼリエル、ランベルスにモニカさん、イルマとリーゼに、こっぴどくお仕置きされたのだろう、泣き笑いのカミルも並んでいた。


 優しい目で、あたし達を見ていた。


 変なの。一緒に踊れば良いのに。


 ちょっとだけそう思ったけれど、すぐに抱き寄せられて、アルフレットの顔しか見えなくなる。また、口づけをした。



**************



 後から聞いた話だけど、あたしのうわさが更新されていた。


 いわく、美形でお金持ちの婚約者をつかまえながら、広く老若男女ろうにゃくなんにょ誘惑ゆうわくし、十年前の伝説の二人を従えて学内に強力な大派閥だいはばつを築き上げ、逆らった最上級生の男子三十人をたった一人で病院送りにした最強の女首領、とのことだ。


 いろいろ混ざってるぞ。


 被害者数も、どんぶり勘定かんじょうで増えてるし。とんだ風評被害ふうひょうひがいだよ、もう。



〜 第二幕 月の明かりで踊ったよ! 完 〜

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