いつまでも、一緒

いすみ 静江

第1話 鳩の涙

透哉とうやくん、今朝も五時半にはお仕事に行ってしまうの?」

「いつも通りだが、杉原すぎはら美音子みねこさんさ。いい加減に三年も付き合ったら覚えないかな」


 私は、彼に背広を着せる。

 高橋たかはし透哉くんとは、大人のお付き合いをしている。

 私が彼に執拗にすればする程、彼が満更でもない笑みを浮かべるのを知っている。

 何だか憎らしくて突っ込みを入れたくなった。


「私はね、男性が朝出て行かれてから、ユニットバスの便座が上がっているのが嫌いなの」

「くだらないこと考えていないで、お局様は研究所に向かったらどうなのかな」


 まだ二十七歳よと主張したかったけれども、現実をカレンダーで突き付けられて愕然とした。


「おお、今日は私の水遣り当番でした! うっかりポンの助で、水遣りのお局免除ないかな。午後は私がするからと頼むか」

「適当だな、美音子さん。まだ、間に合うから、研究所まで行って来なさいって」

「一つ年下のくせに――」


 ぶすくれる私に対して、ネクタイを結んだ彼は準備万端だ。

 それから、彼は一つ加えた。


「今日は、デートできないからな」

「ふふふ。新井あらい愛香あいか嬢のことね」


 正確には、デートできないではなく、ホテルに泊まれないか私の家に来られないのだろう。

 私達は、そんな関係。

 赤い糸がいつも以上に強い風にはためいている。

 突然だが、私は山鳩の声が近いとベランダから覗いた。


「忍び合う、恋の分かれ目、今朝と啼く、山鳩止まる、ベランダの外」

「どうしたー? 三十一文字に憑りつかれたか? それよりも近付くと危ないから、部屋に入るといいよ」


 彼の背広をきゅっと掴む。

 私のことを嫌ってはいないのがよく分かる。

 見た目がイマイチの私とも普通にお付き合いをしてくれる。

 彼は、優しいし、それは虫が付く程のイケメンだし、私の萌え属性眼鏡くんだし。

 他には、意外なゲームの話とかで盛り上がったりできるしね。


「それじゃあ、時間だから」

「気を付けていってらっしゃいね。忘れ物はない?」


 俺のお袋かと小突かれてしまった。

 さて、出勤にはまだ早い。

 先程までの彼のあたたかさを忘れられない。


「ああ、忍び合っているとね。結局の所、私は一生お遊び人形で終わってしまう。形にも残らないと思うと、何だか悔しくて」


 私は、最高の歪んだ真珠であるバロック様式の涙を一つ。

 そして、二つ、三つと頬を伝わらせる。

 次第に、雨の如く降らせた。


「私は。いつまでも山鳩のように泣かないわ。我慢して、我慢して、本命女の新井さんより魅力的になってみせるから!」


 涙が水色ではなくて、土砂混じりのようだ。


「部屋着のルーズなパンツが、まるで噴水にいるようだわ」

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