針ねずみと笛吹き

紫堂文緒(旧・中村文音)

第1話

 ときおり落ち葉を舞い上がらせるような冷たい北風の吹く冬のある日、にぎやかに人の行きかう市場の片すみで、ひとりの若い男が笛を吹いておりました。


 男の前には、白い布をかけた木箱がひとつ置いてあって、その上には針ねずみが一匹おりました。


 笛吹きが愉快で楽しそうな曲を次々に吹くと、針ねずみはそれにあわせて箱の上で跳んだりはねたり踊ったり、はたまた宙返りをしてみせたり、様々な芸をして見せるのでした。


「かわいいなあ」

「上手だなあ」

「芸をする針ねずみなんて、初めて見たよ」

「よくもまあ、ここまで仕込んだもんだなあ」


 人々は立ち止まってしばらく眺めると、笛吹きの脇に置かれた皿に小銭を入れては立ち去っていきました。


 この針ねずみと笛吹きは、この市場のひそかな名物で、大人も子供も市場を通るときには、つい立ち寄ってしまうほど人気がありました。


 笛吹きはいつも、ある程度お金が溜まると、それ以上儲けようとはせずに、針ねずみと笛を外套の大きな別々のポケットに入れ、箱を抱えて市場を後にします。


 それは、あまり働かせて小さな針ねずみを疲れさせないようにという、笛吹きの優しい心遣いのためでした。


 帰る途中でその日の食べ物を少し買うと、ひとりと一匹は仲良く家路に着くのでした。


     *     *     *

 

 ところが、それを快く思わない者たちがありました。


 いつも市場にたむろしている三人の少年たちでした。

 

 三人はそれぞれ、家にいるのが面白くありませんでした。


 おとうさんが酒を飲んでばかりで働かないのでとても貧しかったり、

おかあさんがきつすぎていつも金切り声で怒鳴ってばかりいたり、

少年が生まれた頃、まだ若かったおとうさんとおかあさんが子育てをせずに遊んでばかりいるのを

自分たちの親に叱られて、どちらもぷいっと出て行ってしまったきりだったり。


 そんな家はもちろんほかにいくらでもあったのですが、

三人は、自分の毎日が面白くないのは親のせいだ、家のせいだ、と当たって暴れるばかりで、

自分で努力したり考え方を変えたりして人生を良くしようと気づくことがなかったのです。


 それだけにこの三人はとても気が合って、出会うとすぐ意気投合しました。


 そして毎日のように人と品物の集まる市場にやって来ては悪ふざけをして、

道行く人をからかったり、お年寄りや体の不自由な人の邪魔をしたり、

時には人様の財布をかすめ取ったり店先から品物を盗んでみたりするのでした。


 三人には、自分たち以外のどの人も幸せそうに楽しそうに見えて、いまいましく、気に食わなかったのです。


 ですから、他人を見ると、何かちょっかいを出して嫌な思いをさせて、自分と同じような惨めな気持ちに貶めてやらないと気が済まなくなるのです。


 そして、そういうことをするにはひとりより人数が多い方が都合がいいので、

三人はその日も、つるんで市場の中を獲物を探して所狭しとうろつき廻っていました。



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