第43話 ファントム視点

 


「クリス……私も侯爵様と同じようにクリスとお話できればいいのに。そうしたら、クリスが今、何に困っているのか、何に悲しんでいるのかわかるのに。クリスの全てを知りたいのに。」


 アンジェリカの部屋のベッドの上で、アンジェリカにぬいぐるみのようにギュッと抱きしめられながら、そんなことを言われた。思わずドキッとしてしまう。


 アンジェリカにこんなにも心配してもらえることが心地よいだなんて思いもしなった。


 でも、アンジェリカを悲しませてしまっていることに項垂れる。


「……アンジェリカ、あんまりクリスに依存しない方が良いわよ。後で幻滅するといけないから。」


「ええ。アンジェリカお嬢様。あまり、クリス様にくっつきすぎない方がよろしいかと思います。」


「ロザリー?やっぱりロザリーはクリスのこと何か知っているのでしょう?教えてくれないかしら?」


「……はぁ。私の口からは恐れ多くて申し上げられません。ただ、あまりクリス様に近づかれるのはどうかと思います。少し距離を置いた方がよろしいのではないでしょうか。」


 そう言ってロザリーは私をギロッと睨みつけた。


 私は情けないことに、ロザリーの鋭い視線に思わずビクッと震えてしまった。


「どうして?……もしかして、私がクリスに構ってばかりいるから、クリスのストレスになってしまったのかしら?そうよね。猫ってずっと構われてばかりだとストレスになるって聞いたことがあるし……。そういうことかしら?」


「にゃにゃうっ!(違うっ!)」


 アンジェリカに構ってもらえてストレスに感じることなどあり得ない。むしろ、アンジェリカに構ってもらえて嬉しいのに。


 違うと言いたいのに、悲しいことに猫の身体では人間の言葉が離せない。


「……ぷっ。そ、そうねぇ。少し距離をおいてみましょうね。」


 ローゼリア嬢は慌てる私と、アンジェリカの勘違いっぷりが面白かったようで吹きだすように笑った。


 アンジェリカに私の気持ちを伝えたいのに伝えられないのがもどかしい。


 ほんとうにローゼリア嬢はやっかいな呪いを私にかけてくれたようだ。


「クリス。ごめんね。私が負担になっていたみたいで。これからは私からはあまり近寄らないことにするわ。クリスが私に構ってもらいたいと思うときによってきてくれる?」


「にゃぁう……。(アンジェリカ……違うんだ。負担になんか思っていないんだ。)」


 どうか、私のこの気持ちがアンジェリカに伝わって欲しいと、私はアンジェリカの身体に猫の姿の身体を擦り付けた。そうして、アンジェリカの柔らかく白い手をペロペロと舐める。


 アンジェリカのことを負担に感じることはない。もっとずっと一緒にいて欲しいんだという気持ちを込めて。


 するとアンジェリカに私の気持ちが通じたのか、アンジェリカの目から涙が一筋こぼれ落ちた。


 どうやらアンジェリカに私の気持ちが伝わったようだと安心したのも束の間。


「クリス……。クリスは私のせいでストレスが溜まってしまっているのに、それでも私を慰めてくれようとしているのね。ありがとう、クリス。クリスはとても優しいのね。」


 ダメだ。やっぱりアンジェリカに伝わっていない。私は、アンジェリカに気持ちが伝わらないもどかしさから、アンジェリカと目を合わせるのが辛くなってふいっと横を向いた。


「……アンジェリカお嬢様。わかってくれたようでなによりです。クリス様も、こちらにいらっしゃるよりは侯爵邸にお帰りになった方がストレスなく気楽に過ごせるのではないでしょうか。」


「……そうね。そうよね。」


「にゃっ!?(なにっ!?)」


 アンジェリカに気持ちが伝わらないことに落ち込んでいると、ロザリーが追い打ちをかけるようなことをアンジェリカに提案しだした。アンジェリカも渋々と言う様子だが、クリスのためだと意を決したようでしっかりと頷いていた。


 私はアンジェリカと離れ離れにならなければならないのか……。


 思わず寂しさにため息がこぼれる。


 猫の姿になってしまうようになってから毎日欠かさずアンジェリカの元に通っていたのに。アンジェリカと会えない日があるだなんて私は正気でいられるのだろうか。アンジェリカに会いたくて狂ってしまわないだろうか。


 アンジェリカ。アンジェリカ。私はアンジェリカに会わない日々を我慢できるような気がしない。その笑顔をいつも見て居たい。優しく撫でてくれるアンジェリカのぬくもりをいつも感じていたい。


 どうか。どうか私に会わないなどと言ってくれるな。


「にゃぁう……。(アンジェリカ……。)」


 今度だけ。どうかこの切ない思いだけ伝わって欲しいと、アンジェリカの膝の上にのり、アンジェリカを見つめて訴える。


「ク・リ・ス・様ぁ?」


 その瞬間、ロザリーに殺気を込めた視線で睨まれたのを感じた。


 なんだっ。この侍女っ!?なんで侍女なのに殺気を放つことができるんだっ!?


「にゃ、にゃあ……。(怖いっ。私が他者に恐怖を覚えるだなんて……。)」


 想像以上にロザリーの視線が恐ろしくて私は逃げるようにアンジェリカの膝の上から飛び降りた。そうして、このままここに居たらロザリーに殺られるような気がして、情けないことに私はアンジェリカの部屋から一目散に逃げるのだった。


 


 


 


 


 


 


 


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