第27話
それから私たちはヒースクリフさんが用意してくれた馬車に乗って侯爵邸に向かった。もちろん、クリスは私の膝の上でまどろみながら。
侯爵邸に着いた私たちは侯爵邸の応接室に通された。
「どうぞ、お入りください。」
私たちはヒースクリフさんの後を追う形で応接室内に入る。すると、ヒースクリフさんがソファーに座るように促してきた。
促されるがまま、応接室のソファーに座ると、応接室のドアが外側からノックされた。
「軽食をお持ちいたしました。」
そう言って入ってきたのはローゼリア嬢だった。ローゼリア嬢が運んできた軽食は2人分だった。美味しそうなフィンガーサンドイッチとクロデッドクリームの乗ったスコーンが見える。
「ああ、ありがとう。ここに置いてくれるかい?」
ヒースクリフさんはそう言って、私の前に軽食セットを置くように告げた。ローゼリアさんはすぐに軽食セットを私の目の前に置いた。もう一つは一緒に来ていたロザリーの前におかれた。
本来であれば使用人であるロザリーは貴族である私と一緒に食事をいただくことは出来ないのだが、一人で食べるのも嫌だったので、ロザリーには一緒に座ってもらったのだ。もちろん、ヒースクリフさんの許可は得ている。
「クリスのせいで二人とも朝食を召し上がってはいないのではないですか?どうぞ、よろしければお召し上がりください。」
そう言ってヒースクリフさんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。とても美味しそうですね。ヒースクリフさんはもう朝食をお召し上がりになったのでしょうか?」
「私のことは気にしないでください。どうぞ、お召し上がりください。」
「え、ええ。いただきますわ。とてもお腹が空いておりましたの。ですが、侯爵様にまずはご挨拶をさせていただきたいのですが……。侯爵様はいらっしゃらないのでしょうか?」
美味しそうな軽食を前にして私のお腹が「ぐぅ~~っ。」と、音を鳴らした。それを気にしないふりをして、ヒースクリフさんに侯爵の居場所を尋ねる。
今日は侯爵が初恋の人について教えてくれる予定になっているのだ。それなのに、軽食が先に出てきて侯爵が入ってくる気配がない。
「侯爵様は昼間は出てこられませんので、夜までこちらでお待ちください。」
「え?」
ヒースクリフさんは衝撃的な内容を告げた。侯爵は夜まで姿を見せないというのだ。それであれば、なぜこんな早い時間帯に侯爵家に呼ばれたのだろうか。
「どうぞ、こちらでごゆっくりお過ごしください。」
ヒースクリフさんはクリスの方をチラリと見ると、私に向かって有無を言わせないような笑顔で告げてきた。
「ああ、そんなに不安気な顔をなさらないでください。こんなに朝はやくから来ていただいたのは……クリス様の我がままでございます。クリス様がアンジェリカお嬢様と一緒に過ごしたいと言うことでしたので。」
「え。ま、まあ。そうでしたの。」
不安が顔に出てしまっていたのか、ヒースクリフさんが慌ててそう付け加えてきた。私はその言葉を聞いて、クリスの可愛い我がままが原因だったことにホッとした。
「クリス様は欲望に忠実すぎて……。旦那様もクリス様のときくらいに積極的に行けばいいのですが……。」
そう言ってヒースクリフさんは「はあ……。」と大きなため息をついた。
どうやらヒースクリフさんもウジウジとヘタレている侯爵に少々嫌気が指してきているようだ。
「なので、アンジェリカお嬢様には申し訳ないのですが、日中はクリス様のお相手をしていただけますと、私どもとしてはとても助かります。その代わりに、クリス様がアンジェリカお嬢様にいたずらをしないようにしっかりと監視させていただきますので。いいですね?クリス様。」
最初は申し訳なさそうな声をしていたヒースクリフさんだったが、後半はクリスをギロリと睨むような力強い声に変わった。
クリスはヒースクリフさんの言葉を聞いても、何食わぬ顔でソファーに座っている私の膝の上に寝転んで毛づくろいをしている。毛づくろいすることによって綺麗になったクリスの真っ黒な毛並みが光を反射してキラキラと輝いている。
「それに、クリス様は夜はずっと起きてらっしゃるので、もう既に眠くてたまらないと思います。きっとアンジェリカお嬢様の膝の上で眠ってしまわれるでしょう。重いと思ったら、降ろしてくださって構いません。それに、クリス様が眠ってらっしゃる間は暇でしょうから、またローゼリア嬢に付き合ってはいただけませんでしょうか?」
「いいわよ。でも、クリスは膝に乗せたままにするわ。この少し高めのクリスの体温は気持ちが良いし、私も膝の上にクリスがいると安心するのよ。」
「さようでございますか。それでは、クリス様が眠りについたらローゼリア嬢をお呼びいたします。」
「ありがとう。よろしくね。」
退屈しないようにとのヒースクリフさんの配慮だろうけど、なぜローゼリア嬢と私をそんなに会わせようとするのだろうか。
それに、最初にクリスを追って侯爵家に来た時は、クリスはすでに眠っていると言っていた。それなのにも関わらず、ヒースクリフさんはクリスは夜寝ていないから、昼間は眠くて仕方がないというようなことを言っている。
ヒースクリフさんの言葉はどこか矛盾しているのだ。
疑問に思い、首を傾げるがこれ以上問いかけてもヒースクリフさんは答えてくれそうにないので、ぐっと堪える。
そうして、何事もないまま時は過ぎ、夕方を迎えた。
「そろそろ日が落ちますね。」
「そうですね。」
夕方となり、ローゼリア嬢は夕餉の支度のため席を外した。執務室に移動した私たちは、ぼんやりと窓の外を眺めていたが、腕の中のクリスはどこかそわそわとしており落ち着かなかった。
クリスには侯爵が帰ってくるのがわかるのだろうか。だから、落ち着かないのだろうか。
「どうしたの?クリス。」
「にゃ、にゃー。」
「往生際が悪いですよ。クリス様。昨夜決めたことでしょう?」
ヒースクリフさんはそう言ってクリスのことをジッと見つめている。その視線に耐えかねてか、クリスは辺りをキョロキョロと見回す。手足がジタバタと動き出した。
どうやら下に降りたいらしい。
私はクリスをそっと執務室の絨毯の上に降ろした。
「あっ!クリス様っ!!」
クリスを絨毯の上に降ろすと慌てたようなヒースクリフさんの声が聞こえた。
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