第25話 別視点

 


「なあ、ヒースクリフ。アンジェリカは私を好きだと思っても良いのだろうか?」


 アンジェリカが侯爵家から帰宅した後、ファントムは執事兼右腕であるヒースクリフに話しかけた。


 アンジェリカがファントムのことを思って泣いた。この出来事はファントムに強い衝撃を与えた。しかも、一度しかファントムとして会話を交わしたことがないのにも関わらず、ファントムのことを優しいとまで言ってのける。


 これはもう、アンジェリカがファントムに惹かれていると言ってもいいのではないだろうか。そう、ファントムは考えたのだ。そこに多大なる願望も込められてはいるが。


「そうですね。キャティエル伯爵夫妻の娘であるアンジェリカお嬢様のことですから、行き過ぎたお人よしの可能性も否定できないかと存じます。」


 ヒースクリフはファントムの希望を打ち消すように告げる。その言葉をきいて、ファントムはガックリと項垂れた。


「アンジェリカお嬢様のお気持ちが気になるのでしたら、旦那様のお気持ちを伝えたらいかがでしょうか?」


「どうやってだ?私はアンジェリカにファントムとして会うことができないんだぞ?」


「扉越しでしたら大丈夫だったではないですか。扉越しでお気持ちを伝えてみたらいかがでしょうか。」


「対面したこともない相手から気持ちを伝えられても気持ちが悪いだけだろう?」


「ですが、必死に旦那様の初恋の相手を探されておられるアンジェリカお嬢様が不憫になりませんか?」


「うっ……。」


「しかも、旦那様の呪いを解呪したいからと頑張っておられるのですよ?」


「ううっ……。」


 ファントムはヒースクリフの言葉に撃沈する。


「ここはアンジェリカお嬢様のためにも、旦那様の初恋の相手はアンジェリカお嬢様だと告げなければなりません。そして、アンジェリカお嬢様の手によって旦那様は忌々しい呪いが解かれるのです。」


 ヒースクリフはやや芝居がかったような調子で続けた。


「……呪い、か。その呪いがあるのに、どうしてアンジェリカとキスすることができよう。」


「それは、アンジェリカお嬢様が怯える前にささっと旦那様がキスしてしまえば良いだけのことです。案ずるよりも産むがやすしでございます。」


 ヒースクリフはガンガンとファントムの背中を押し続ける。そうでもしないと、長年の呪いの影響でヘタレ属性が強化されつつあるファントムが動かないからだ。


 ファントムが動かないことにことには、いくら周りがお膳立てしようにも状況が好転しない。そのため、ヒースクリフは多少強引であろうとも、ファントムを動かすことにした。


 幸い、アンジェリカはファントムのことを嫌ってはいないように見えるのだ。ここは押して押して押しまくるのが最善だと思われる。


 場合によっては、アンジェリカのお人好しにつけこむ形も致し方ないとヒースクリフは思っている。彼にとってはファントムが一番大事な主だからだ。


「……わかった。今夜、アンジェリカを侯爵家に呼んでくれないか。」


「かしこまりました。旦那様。」


 しばらくの沈黙の後、ファントムは観念したように言った。それを聞いたヒースクリフは満足そうに微笑んだのだった。




☆☆☆



 


 ローゼリアは与えられた侯爵家の一室で優雅に紅茶を飲んでいた。


 ローゼリアは男爵家の令嬢と言っても、幼少期は男爵家で使用人として過ごしていた。母親が使用人だったためだ。その生活が一変したのは、ローゼリアが成長するほどに大輪の薔薇のように綺麗に咲き誇ったからだ。


 その美貌を認識したハーウェルフ男爵に、政治に利用できると判断され、ローゼリアが13歳の時に正式に男爵家の令嬢として召し上げられたのだった。


 そのため、ローゼリアは実の父親のことをあまりよく思ってはいない。ずっと自分の子だと言う事を認めなかったのにも関わらず、ローゼリアの美貌が政略上に有利に働くことを知ってから手のひらを返したのだ。いつか、父親を締め上げたいと思っていた。


「お父様はキャリエール侯爵家に行儀見習いとして私を無理やり入れたみたいだったけど、残念ね。キャリエール侯爵には既に決まった相手がいるみたいだし。ふふっ。お父様の思い通りにならない展開は大好きよ。」


 誰に向かって言うわけでもなく、一人嬉しそうに呟く。


「でもキャリエール侯爵は利用させてもらうわ。だって、アンジェリカのこと気に入ってしまったもの。このままキャリエール侯爵邸で使用人として働けないかしら。そうすれば、嫁いできたアンジェリカの専属侍女にしてもらうのに。」


 ローゼリアは今日初めてあったキャティエル伯爵家のアンジェリカのことを思い出して嬉しそうに笑った。


 あんなに素直で純粋でどうしようもないほどのお人好しなんて初めて見た。


 でも、アンジェリカを不快に思うことはなかった。むしろ、アンジェリカだったらローゼリア自身のことも男爵令嬢としてではなく、ただのローゼリアとして認めてくれるのではないかと思ったのだ。


 ローゼリアは会ったこともないキャリエール侯爵のことなどどうでもよかった。ただ、男爵家から出れればよかったのだ。だから、ハーウェルフ男爵の言いなりになってキャリエール侯爵家にやってきた。そうして、キャリエール侯爵家にずっと居座るために、キャリエール侯爵の妻の座を狙っていたのだ。


 だが、そのキャリエール侯爵夫人に一番近いのはアンジェリカだった。


 最初は自分の立場を脅かされるのではないかと、アンジェリカを敵視していたが、アンジェリカと話してみたら、アンジェリカを敵視するのも馬鹿らしく思えたのだ。


 むしろ、表裏のないアンジェリカと友達になりたいとさえ思ってしまった。


「可愛いアンジェリカを泣かすようなことがあったら、例えキャリエール侯爵でも許さないわ。ふふふっ。でも、侯爵も可愛いわね。アンジェリカに思いを伝えられずに空回りしているところとか。」


 ローゼリアはご機嫌な笑みを浮かべて、ティーカップに口をつけた。


 


 


 その姿をこっそりと隣の部屋のマジックミラーから伺っていたヒースクリフは、唇の端をゆっくりと上げ笑みを浮かべた。


 


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