第21話
急いで身支度をして応接室に向かう。 するとそこには、ソファに座ってくつろいでいるクリスと、クリスの隣に立っているヒースクリフさんがいた。
「すみません。お待たせいたしました。」
「いいえ。私たちが早く来すぎてしまったのが悪いんです。ねえ、クリス様?いくらアンジェリカお嬢様に早く会いたいからとちょっと早すぎでしたね。」
ヒースクリフさんに待たせてしまったことに対してお詫びをすると、ヒースクリフさんはにこやかに笑って早く来すぎたからだと謝った。
そうして、なぜだかクリスに向かって嫌みのようなことを言い出す。
でも、私はそのヒースクリフさんの言葉を聞いて、とても嬉しいと思ってしまった。
だって、クリスが私に会いたいから朝も早くから来てくれたというのだ。クリスも私のことを好いてくれているのだと思うと嬉しくて仕方がない。
「クリスっ!私に会いたがってくれていたのね。嬉しいわっ。昨夜侯爵家に行ったのに、クリスに会えなくて寂しかったの。でも、よかった。私、嫌われたわけじゃないのよね?」
クリスがくつろいでいるソファーの隣に腰かけてクリスに話しかける。もちろん、クリスの柔らかくしなやかな身体を優しくなでながら。
だって、クリスをさわっているの気持ちいんだもの。手が吸い付いて離れない。
「……似た者同士ということですか。そうですか。」
ヒースクリフさんは喜んでいる私を見て、ボソリとなにか呟いたようだったが、私にはよく聞き取れなかった。
「アンジェリカお嬢様。朝食はまだですよね?」
「え、ええ。でも、一食くらい抜いても大丈夫です。こうやってクリスに会えたんですもの。それだけでお腹いっぱいですわ。」
私はにこやかに微笑みながらそう告げる。嘘ではない。本当にクリスと会えたことが嬉しくて空腹などどこかへ行ってしまったのだ。
「にゃっ!?」
だけれども私の答えに不満だったのか、クリスが突然鳴き声をあげた。そうして、私の服の裾をくわえる。
「ちょっ……クリスどうしたのっ!?」
クリスの奇行に思わず声をあげる。まさか、ドレスの裾をくわえて引っ張るクリスなんて誰が想像しただろうか。
「クリス様は、アンジェリカ様に朝食を召し上がってほしいんだと思います。一日の始まりは朝食にあります。朝食はとても大事ですので、必ずとってください。」
「え?あ、はい。」
ヒースクリフさんはクリスの言っていることがわかるのだろうか。ごくごく自然にそう教えてくれた。
「にゃっ!」
早くご飯を食べに行こうとばかりに、クリスが私を引っ張っていこうとする。
「クリス様。アンジェリカお嬢様のドレスが、貴方様のよだれでベトベトになってしまうといけませんよ?」
見かねたヒースクリフさんが、クリスに向かってそう言うと、クリスはパッとドレスから口を離した。
「クリスったら、ヒースクリフさんの言うことはちゃんとに聞くのね。それに、ヒースクリフさんもクリスの言いたいことをわかっているみたいだわ。なんか、羨ましいな。クリスとヒースクリフさんが心を通わせているみたいで。」
ヒースクリフさんとクリスのやり取りを見て、羨ましいと感想をもらす。すると、ヒースクリフさんとクリスが同時に私の方を振り向いた。そして、大きく首を横に振った。
なんだか、とても嫌がっているようだ。
どうしてだろうか?クリスと心を通わせることは至福のことなのに。
私は二人がどうしてそんな行動をとるのかわからなくて首をかしげたのだった。
ヒースクリフさんとクリスに見守られながら、朝食を食べ終えた私は、侯爵家の馬車に揺られていた。
「アンジェリカお嬢様。急がせてしまったようで申し訳ございません。」
ヒースクリフさんはそう言って謝罪してきた。
「いいえ、いいのです。こうして早くクリスに会えたのですから。こちらこそ長時間お待たせしてしまいました。」
「そのようなことは。本来は9時過ぎにお伺いする予定だったのです。ですが、クリス様が……。」
「にゃっ!!」
ヒースクリフさんが話だすと、私の膝の上で寝ていたクリスが抗議の声をあげる。
「はいはい。わかりましたよ。もう言いません。」
クリスに怒られたらしい、ヒースクリフさんはやれやれといった表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ。私は本当に気にしておりませんから。」
少しだけ、ヒースクリフさんの気苦労が感じられ、思わず私はヒースクリフさんを慰めるような言葉を口にしていた。
それに、膝に乗っているクリスの体温がとても気持ちがいいので迷惑だなんて思うわけもなかった。
「それにしても、クリス様はアンジェリカお嬢様に甘えすぎですね。あとで怒られても知りませんよ?」
「にゃー。」
クリスは誰に怒られるというのだろうか。侯爵にだろうか。
よくわからないヒースクリフさんとクリスの会話に私は首をかしげた。
☆☆☆
「着きましたね。アンジェリカお嬢様、お手をどうぞ。」
しばらくして馬車は侯爵家へとたどり着いた。
ヒースクリフさんが先に馬車から降り、私が馬車から降りるのを助けるように右手を差し出してきた。
「ありがとうございます。」
私はヒースクリフさんの手を借りて馬車から降りた。
すると、クリスが足元でヒースクリフさんに対して「フーーーーッ!」と威嚇をしていた。
「まあ、どうしたのクリス?ヒースクリフさんがどうしたの?」
「きっとクリスは私に嫉妬をしているのですよ。アンジェリカお嬢様の手に、私が触れてしまいましたから。」
ヒースクリフさんはそう言って首をすくめた。
「まあ!クリスったら。これはヒースクリフさんが私が馬車から降りやすいように手を貸してくれただけなのよ。私はヒースクリフさんのことなんてなんとも思っていないわ。私はクリスのことが世界で一番大好きよ。だから、安心してちょうだい。」
「アンジェリカお嬢様。それではヒースクリフ様がかわいそうでございます。なんとも思っていないなどと言わないであげてください。」
「あら、ごめんなさい。そんなつもりは……。」
ロザリーに言われて私は自分の失態に気づく。クリスを優先するがために、ヒースクリフさんへの気遣いが皆無になってしまった。そして、ヒースクリフさんのことを傷つけるような発言をしてしまった。
「いえ。大丈夫です。わかっておりますから。」
ヒースクリフさんに謝罪すると、ヒースクリフさんはなんでもないように、首を横に振った。
「それよりも参りましょうか。」
「あ、はい。」
ヒースクリフさんに促されて侯爵家の中へと足を踏み入れた。
さて、侯爵の初恋の人の情報は集めなくては。
私は気合いをいれなおして前を向いた。
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