第15話
クリスは私が後ろからついてくるのを確認しているように、時々走るのを止めてピタッととまる。そうして、しばらく止まっていたかと思うと、私がクリスに追いつくほど近づくと、また走り出すというのを繰り返している。
やはり、クリスは私に追ってきて欲しかったようだ。ロザリーの言うことを真に受けなくてよかった。そう思って、クリスの後を追う。
「はぁ。はぁ。アンジェリカお嬢様。追いつきましたわ。」
しばらく進んでいるとロザリーが追いついてきた。息が上がっているところをみると、走ってきたのだろう。ロザリーには無理をさせてしまった。でも、クリスがついてこいと言っているのだから仕方が無い。
「ロザリー。ごめんね。走らせてしまって。」
「いいえ。アンジェリカお嬢様。それより、クリス様はどちらにいらっしゃるのですか?」
ロザリーにはどこにクリスがいるかわからないようだ。おかしい。クリスは私の目につくところばかりにいるのに。
「ほら。あそこで私たちを待っていてくれていたのよ。」
私はロザリーにクリスの居場所を指し示した。クリスは民家の影でちょうど休んでいるところだった。そこは確かに死角になっており、なかなか探せないかもしれない。でも、クリスがここにいるよと教えてくれているのか、私にはすぐにクリスの居場所がわかるのだ。
「・・・・・・アンジェリカお嬢様。ストーカーですか。普通気づきませんよ。クリス様、隠れながら休んでいるようにしか思えません。とても、アンジェリカお嬢様についてきて欲しいと思っているようには見えないのですが・・・・・・。」
ロザリーはため息交じりに言った。確かにそう見えるかもしれないけど、私の目線が行く先にクリスがいるのだ。これは、クリスが私にだけついてこいと言っているからだろうか。
でなければ、クリスはとても魅力的な黒猫なのだ。きっと誰かが誘拐してしまうかもしれない。そう思うと、今度からクリスの送り迎えをした方がいいのではないかという気持ちにさせられる。
「他の人に連れ去られないように、物陰に隠れながら進んでいるだけよ。あ、ほら。私たちが追いついたことを確認したからか、クリスが走り出したわ。私たちも行きましょう。」
「・・・・・・本当にそうでしょうか。」
私たちはクリスの後を追いかけ始めた。
普通猫という生き物は人間の使用する道ではなく、猫独自のルートを持っている。例えば、木に登って、高い場所にある塀に飛び乗ってその上を歩いて行ったり。または猫が通れるくらいの隙間が空いている木々の間を通り抜けていったり。
それが、私たちがクリスを追いやすいように道の端っこを走ったり歩いたりしているのだ。これはもうついてこいと言っているようなものだ。
しばらくクリスの後を追っていくと、見覚えのあるお屋敷の中にクリスは門をくぐって入っていった。
「え?ここって・・・・・・。」
「あら?こちらは・・・・・・。」
意外な場所に案内したクリスに私は驚きを隠せなかった。だって、そこは昨夜訪れた侯爵の屋敷だったからだ。
ここに、侯爵の初恋の人がいるのだろうか。
でも、クリスが案内してきたということはこの屋敷の中に侯爵の初恋の人がいるはずだ。もしかして、侯爵は自分の屋敷の使用人に恋をしているのだろうか。
だから、私との婚約が嫌だけど表だって嫌とは言えずにいるということだろうか。
あわよくば呪いを解いた上で、私と白い結婚をしておいて自分はその使用人を愛人として迎える気なのだろうか。もし、そうだとなると、私が侯爵の呪いをといても婚約をなかったことにしてもらえないのではないだろうか。
私の中に不安が嵐のように押し寄せてきた。
「アンジェリカお嬢様。いかがなさいますか?」
「そうね・・・・・・。せっかくクリスが案内してくれたのだもの。行くしかないわよね。」
不安はあるが、せっかくクリスが案内をしてくれたのだ。行くしかないだろう。もしかしたら、中でクリスが私たちの到着を待っているかもしれないし。クリスに会わずに帰ってしまったら、逆にクリスが私たちのことを心配して探しに来てしまうかもしれない。
そう思ったら、せめてクリスには挨拶をしておかないといけないような気がした。
だが、しかし。いくら国王陛下の決めた婚約者のお屋敷だっとしても、事前の連絡もせずに侯爵家に乗り込むのはマナーとしてあってはいけない。
だから、ロザリーは私に確認してきたのだ。
私はしばし考えた後、ロザリーにお願いをした。
「ロザリー。お願い。今から侯爵家の使用人に私が来ることを伝えてきてくれないかしら。私が直接行くよりも、ロザリーを挟んでワンクッション置いた方が体裁がとれるわ。」
「そ、そうですね。それならば一応、先触れを出したと言うことになりますし・・・・・・。でも、お嬢様?クリス様を呼んでいただいて、クリス様には後日来ることを伝えていただいたらいかがでしょうか?そろそろ夕食のお時間も近いでしょうし。そのような時間に婚約者であっても、女性がいきなり伺うのは失礼にあたるかと・・・・・・。」
「それは、そうだけど・・・・・・。でも、クリスはお屋敷の中に入っていってしまったわ。ここからクリスの名前を呼んだら出てきてくれるかしら。」
「それはわかりませんが・・・・・・。もし、呼んでも出てこなければ、私が侯爵家の使用人に聞いてみます。」
「わかったわ。ありがとう。ロザリー。とりあえずクリスを呼んでみるわ。」
そういうことになった。いくら婚約者でもこのような時間に侯爵家を訪れるのはおかしなことだし。
「クリス-。クリス-。どこー。出てきてくれないかしら。」
私は侯爵家の使用人に気づかれないように、小声でクリスの名を呼ぶ。しかし、侯爵家の庭は広い。門の外から呼びかけるだけではクリスには聞こえないのか、クリスが出てくる気配はなかった。
そうこうしている内に日は完全に暮れ、月明かりがあたりを照らし出す。
「お嬢様。そろそろ帰りませんと。さすがにこれ以上遅くなっては旦那様が心配なさいます。」
「でも、クリスが・・・・・・。」
「きっと、クリス様もわかってくださるかと思います。私、侯爵家の使用人にクリスが来ていないか訊ねてまいりますので、アンジェリカお嬢様はこちらでお待ちください。」
ロザリーはそう言うと私の返事を待つこともなく、侯爵家の門を叩いた。
「キャティエル伯爵家の者です。このような時間に申し訳ございません。」
「どうなさいましたか?」
ロザリーの訪問に、やってきたのはヒースクリフさんだ。ちなみに、私はヒースクリフさんに見つからないように、門の影に隠れている。
「申し訳ございません。うちのアンジェリカお嬢様が可愛がっている黒猫がこちらの門をくぐっていってしまって・・・・・・。しばらく門の前から呼びかけていたのですが、出てくる気配もなく。もし、その子がこちらにご迷惑をおかけしているのではないかと思いまして・・・・・・。」
「あ、ああ・・・・・・。黒猫、ですか。」
ロザリーの言葉に、ヒースクリフさんは戸惑ったように視線を逸らした。しばらく考えこんだように、沈黙したヒースクリフさんは、
「その黒猫ならきっと侯爵家で飼っている黒猫ですので、お気になさらずに。」
と、爆弾発言を落としてきた。
まさか、クリスが侯爵家の猫だったなんて・・・・・・。
私はその事実に愕然とした。
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