第8話
「ここが、キャリエール侯爵様のお屋敷・・・・・・。」
家の前に横付けにされた馬車に乗り込んで到着した先は豪華なお屋敷の前だった。迎えにきた馬車がここで止まったというのならば、きっとここがキャリエール侯爵のお屋敷なのだろう。
まだお屋敷の入り口に立っているだけだというのに、入り口からして豪華だ。真っ赤に咲き誇るバラがアーチを組んでおり、その中央に屋敷へと続く道が用意されている。まるで、バラの中を歩いているようだ。
誰がこのような凝ったバラのアーチを用意したのだろうか。まさか、侯爵の趣味なのだろうか。
「お待ちしておりました。キャティエル伯爵家の皆様。どうぞ、お入りくださいませ。」
しばらく屋敷の入り口で呆けたように立っていると男性が現れた。服装からして侯爵家の使用人だろうか。キチッと髪をまとめているその姿はとても清潔感があった。
(まさか、侯爵様ではないわよね?清潔感はあるが服装が使用人ぽいし。ただ、その服も高価そうな生地を使っている。)
「ああ。ありがとう。それにしてもキャリエール侯爵家はとても素晴らしいね。見事なバラだよ。」
「ええ。そうね。まるでバラに歓迎されているようだわ。可愛らしいバラの妖精でも出てきそうだわ。」
「ありがとうございます。こちらは旦那様が命じて作らせた渾身のバラのアーチでございます。そのように言っていただき旦那様も嬉しく思うことでしょう。」
そう言って使用人と思われる男性はにっこりと笑った。輝くような金色の髪が月に照らされてキラリと光った。
私たちは使用人の男性に案内されて屋敷の中に通された。玄関では数え切れないほどの使用人に一礼されて出迎えられた。きちっと統制されたその姿はいかにこのお屋敷の主が教育をしているかがうかがわれる。
案内された先は、侯爵家の食堂だった。すでに、テーブルにはグラスや食器がセットされていた。まるで私たちが席についたらすぐにでも晩餐会が始まりそうだ。
「どうぞ、お座りください。」
そう言われて、引かれた椅子に私たちはゆっくりと腰を下ろした。そして落ち着くと、私たちの前にワインをもった給仕係と思われる使用人がやってくる。
「ああ。ありがとう。」
「ありがとう。」
お父様とお母様のグラスにワインが注がれる。真っ赤なワインが。
「アンジェリカ様はアルコールは飲めますか?」
「ええ。そうね。少しだけいただいてもいいかしら?」
「もちろんでございます。」
この国では16歳が成人と見なされている。そのため、アルコールも16歳から飲むことが法律で許されているのだ。ただ、私はあまりアルコールに強くはないから少しだけにしてもらった。
本当は飲まなくてもいいのだけれども、とても良い香りがするんだもの。
「では、乾杯いたしましょう。」
「え?」
「君、侯爵様がまだいらしていないようだが?」
私たちのグラスにワインが注がれたのを確認すると、先ほど出迎えてくれた金髪の使用人がにっこりと微笑んで告げてきた。
まだ侯爵の席には誰もついていないのに。もしかして、この人がキャリエール侯爵なのかしら?
「旦那様は晩餐会には参加なさりません。皆さまでごゆっくり当家の晩餐をお召し上がりください。」
そう言って金髪の使用人は恭しく礼をした。まるで変わらないにこやかな表情からは何も読み取ることができなかった。
「だが、この晩餐会は侯爵様と我が娘のアンジェリカの顔合わせの場でもあるはずだ。侯爵様が来られないとは……。」
穏やかで人を疑うことができないお父様の眉間に皺が寄る。まさか、顔合わせの場でないがしろにされるとは思ってもみなかったのだろう。いくら呪い持ちと噂をされる侯爵であっても、自らが招いた晩餐会で姿を見せないとは思いもしなかったことだろう。
もしかして、侯爵は国王陛下に言われて嫌々と晩餐会を開いたのだろうか。そんな風に思ってしまう。
悪い方悪い方に考えるのは自分の悪い癖だ。しかし、まさかここで会うことができないとは思ってもみなかっただけにショックが大きい。それに、この見事なドレスを侯爵に見せられないことにも落胆してる。光を反射してドレスに散りばめられた小さなガラス玉がキラキラと輝くのがとても気に入っている。
それになによりも、クリスが侯爵との晩餐会にと用意してくれたドレスだったのに……。ドレスを用意してくれたクリスに申し訳がない気持ちでいっぱいになる。
ごめんね。クリス。せっかく用意してくれたドレスなのに侯爵には見せられないようだわ。
「申し訳ございません。旦那様とお会いする機会は晩餐会の後にご用意しております。」
そんな私の思考を読んだのか、金髪の使用人は侯爵とお会いすることができる場を用意してくれるという提案があった。
「むっ。」
お父様はその提案に眉間に皺を寄せる。
晩餐会に出られないのに、個別に会う場を用意するとはどういうことだろうか。思わず勘ぐってしまう。
「侯爵様はお忙しいのでしょうか?」
思わず聞かずにはいられなくて、確認してしまう。本当は私に会いたくないだけではないのだろうか。それほどまでに私との婚約が嫌ならばさっさと破棄してくださればいいのに。中途半端にされるのが一番嫌だ。
「ええ。所用がございまして。」
にっこりとした笑みを浮かべて金髪の使用人が答える。その笑みがどことなく嘘くさく感じてしまうのは気のせいだろうか。
「前々から予定されていた晩餐会であろう?事前に予定を調整できなかったのだろうか。」
「この晩餐会の日程自体が国王陛下から急に言われたことでしたので、なかなか調整がつかず……。まことに申し訳ございません。旦那様は晩餐会には参加できませんが、その後キャティエル伯爵様とアンジェリカお嬢様にお会いする席は設けさせていただいておりますので、何卒ご容赦ください。」
金髪の使用人は申し訳なさそうな表情をしてそう答えた。
「旦那様に代わり、ご挨拶をさせていただきます。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。当家の執事のヒースクリフでございます。以後お見知りおきを。どうか、当家の晩餐をお楽しみくださいませ。」
金髪の使用人は申し訳なさそうな表情をしたのも束の間、すぐににこやかな笑みを浮かべて自己紹介をした。
そして、侯爵不在のまま晩餐会は開始されたのだった。
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