第7話 ファントム視点
「まさか、アンジェリカの手持ちのドレスがあんなに少ないとは思わなかった。いつも見るときは年頃の女性にしては随分と落ち着いたドレスばかり着ているとは思ったが・・・・・・。借金取りの件は片がついたはずなのに、まだ暮らしが楽にならないのか・・・・・・。」
日が落ち、もうすぐこの侯爵家にアンジェリカたちがやってくるはずだ。今日は顔合わせという名の晩餐会がある。
ファントムは一人執務室で自分の不甲斐なさを嘆いていた。毎日のようにアンジェリカに会っているというのに、アンジェリカが晩餐会に着ていくようなドレスを一着も持っていないことを知らなかったのだ。とんだ朴念仁だ。
「あのドレスをアンジェリカは着てくれただろうか。」
ファントムはアンジェリカに贈ったドレスに思いを馳せる。アンジェリカのふわふわのミルクティーのような茶髪には薄いグリーンのドレスが似合うと思い贈ったのだ。
年頃の女性を思ってレースもふんだんに使っているし、ところどころ華美にならない程度にダイヤモンドを散りばめている。光がダイヤモンドに当たるとキラキラとして輝いて見えるはずだ。
きっとあのドレスを着たアンジェリカはとても魅力的なことだろう。そう思って以前からこっそりと作らせていたドレスだった。まさか、今回このようにしてアンジェリカにドレスを渡すことになるとは思わなかったが。
「多少手順がずれたがまあ良いか。アンジェリカはあのドレスが誰からのプレゼントか理解していないようだったな。それでいい。侯爵として会ったことのないアンジェリカに、私がプレゼントを贈るのはおかしいからな。それだったら贈り手がわからない方がまだ良いだろう。」
本来であれば、あのドレスは正式に婚約をした際に贈る予定のドレスだった。そうして、あのドレスを纏ったアンジェリカと婚約式をおこなう予定だったのだ。アンジェリカの両親に贈ったのも、そのための衣装だった。
「まあ、どのような姿のアンジェリカも魅力的ではあるが、曇った顔は見たくないからな。いつも笑顔でいるアンジェリカでいて欲しい。」
「旦那様。アンジェリカ様たちがお見えでございます。」
アンジェリカのドレス姿に思いを馳せていると、ヒースクリフが控えめに執務室のドアを叩いた。そうして、アンジェリカが到着したことを伝えてくる。予定より少し早い到着のようだ。
「ああ。そうか。案内はまかせた。」
「・・・・・・旦那様。旦那様はいらっしゃるのですか?」
「もちろんだ。」
いったいヒースクリフは何を言っているのだろうか。今日はアンジェリカとファントムの顔合わせの晩餐会なのだ。それなのに、主役の一人であるファントムが晩餐会に出席しないなどあり得ないことだ。
ファントムは何故そんなことを訊ねるのかと、ヒースクリフに問いかける。すると、ヒースクリフは歯切れが悪そうに続けた。
「晩餐会の会場である食堂には、給仕のためのメイドがおります。また、アンジェリカ様のお母様であらせられるキャティエル伯爵夫人もいらっしゃっております。」
「そうだな。それが、どうした・・・・・・あっ。」
ヒースクリフの言っていることはごくごく普通の晩餐会のことだった。給仕のメイドがいるのは当たり前であるし、キャティエル伯爵夫人が一緒にくることも想定の内のことだ。
浮かれていたファントムは気づくのが遅れた。自分がドア越しでないと女性と会えないということに。いや、ドア越しでなくても良い。日が落ちてから女性を見なければいいだけなのだ。
「衝立をご用意いたしましょうか。」
ヒースクリフがファントムに向かって訊ねる。ファントムはヒースクリフの提案にしばし思案する。
初めての顔合わせなのに衝立越しとは、まるでファントムがアンジェリカとの婚約を嫌がっているようではないか。
「いや。衝立は・・・・・・。」
「では、アンジェリカ様の前で失態を犯しますか?」
ヒースクリフは冷静にそう確認してくる。
「ぐっ・・・・・・。」
ヒースクリフの言葉にファントムは言葉を詰まらせた。衝立でもない限りアンジェリカ以外の女性の前に出ることができない。
「・・・・・・衝立があっては、アンジェリカの可憐なドレス姿を見ることができないではないか。」
「そうですね。ですが、衝立がなければ旦那様はアンジェリカ様の目の前で失態を犯すことになりかねませんよ?むしろ、食堂まではどう行くおつもりでしたか?食堂までの廊下にはメイドがいるはずです。」
「衝立以前の話だな。私は自分の屋敷なのに自由に部屋から出れぬのか。」
「そうですね。ですからいつも皆が寝静まった頃にうろついておられるのでしょう?」
ヒースクリフの容赦ないツッコミにファントムは黙り込むしかなかった。
「・・・・・・私は晩餐会には出席しない。後で、アンジェリカとキャティエル伯爵だけこの執務室に呼んでくれ。」
「かしこまりました。おおせのままに。」
ヒースクリフが恭しくファントムに向かってお辞儀をして執務室を出て行く。その後ろでファントムは椅子からズルズルと滑り落ちた。
「・・・・・・ああ、早くアンジェリカに会いたい。」
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