ゴーレムマキア 〜破壊のゴーレムと忘却の聖痕者〜

加持蒼介

プロローグ 〜英雄への祈り〜

 第一下界 “テロスアスティア”──深淵の谷。


 気を許したら飲み込まれそうな、深い闇が広がる谷の底で、静寂を打ち破る剣戟けんげきの響きと炸裂音がこだましている。


 谷の深部では、今まさにテロスアスティアの行く末を決める壮絶な戦いが繰り広げられていた──。


 全身鎧フルアーマー姿の騎士が三人、その前方にはこの世のものとは思えない、おぞましい姿をした悪魔が立ちはだかっている。

 岩を削り落としたような真紅の肉体に闘牛のような角、大きく笑みを浮かべた口からは、サメを彷彿させる鋭い牙が無数に覗き、蛇のような目は黄色く、鈍く怪しげな光を放っていた。


「アキレウス! 火炎が来るぞ! さがれ!!」


 背中に魔法陣の描かれた騎士が叫ぶ。


 悪魔の口からフツフツと炎が燃え盛っている。


 アキレウスと呼ばれた大剣を携えた騎士は、砂埃を撒き散らせながら後方へと飛び、手にした大剣を縦に構えた。


 そのタイミングを見計らい、魔法陣の騎士が素早く詠唱をはじめる──。


 足元から光の魔法陣が浮かび上がり、騎士の腰から垂れ下るマントが宙になびく。


「風の神アネモイの名において、神獣ムタリオンが命じる──。天界を駆ける聖龍よ──その翼を貸し与え我を守る盾となれ!! 大いなる天の翼ディバインズウィング!!」


 詠唱が終わるや否や、騎士たちを覆うように光り輝く大きな翼が召喚される。

 同時に、悪魔の口から灼熱の火炎が放出された──。

 熱を帯びた爆風とともに、灼熱の炎が騎士たちを守る翼へと放たれる。


 悪魔が放った炎は、じわじわと翼を焼き尽くしていく。


「まずい──このままでは翼がもたねーぞ!!」


 炎に焼かれ翼が消失した。

 防ぎきれなかった炎が騎士たちを直撃する──。


 地獄の炎を浴びた彼らは、片膝を地につけ、全身から蒸気を放ちつつも、剣を支えにゆっくりと立ち上がる──。


 その闘志は未だ消えてはいかったが、剛鉄を一瞬で灰にするほどの炎は、その身に確かなダメージを与えていた。


「時の神クロノスの名において、時のゴーレムとその聖痕者ツグムが命じる──。時空の波を巻き戻し、今一度──我に運命を与えたまえ!! 時空逆転魔法タイムリバース!!」


 星が散りばめられたタイトなローブを見に纏った騎士の詠唱により、騎士たちの傷が修復されていく。


「グッドタイミングだぜツグム!」


 魔法陣の騎士がローブの騎士に親指を立てる。


 悪魔は次なる攻撃の準備に入っていた──。

 ドラゴンを彷彿させる大きな鉤爪を動かし宙に魔法陣を描くと、呪いのような、不快で薄気味悪い詠唱を谷底に轟かせる。


「禁呪か──!?」


 ローブの騎士が愕然と空に浮かぶ魔法陣を見上げる。


「おいおい……これまともに喰らったらヤベーやつだぜ」


 魔法陣の騎士も呆然と立ち尽くしている。


 なにか策でも講じていたのか、暫く静止したままだった大剣の騎士が、意を決したかのように大剣を構え直した。


「ムタ、ツグム──。あれをやる──」


「おい、待てよ! あの技はダメだ!! いくらアーマード化してるとはいえ、あれを使ったらお前まで──」


 魔法陣の騎士が勢いよく大剣の騎士の肩を掴む。


「悪いムタ──。今シヴァと話したが、破壊のゴーレムの力を全力で上乗せしても、あの技でなければあいつは倒せない」


「アキレウス──お前……」


 大剣の騎士は、大丈夫だと言うばかりに、肩に置かれた魔法陣の騎士の手をポンと軽く叩いて退けると、大剣に力を込めた──。


「破壊のゴーレムとその聖痕者たるアキレウス・プティーアが命じる──。絶対神ゼウスの名において、我の命と引き換えに天界を照らす光を授けたまえ!!」


 詠唱とともに、何層にも重なった光のヴェールが、ゆっくりと大剣の騎士を軸にして回りはじめる。


「ムタ──。メイア姫に会ったら、済まなかったと……いや、愛してると伝えてくれ」


「いや、絶対嫌だぞ!! 自分で伝えろ! このバカタレが!!」


 魔法陣の騎士が激しく手を振りかぶる。


「ツグム、エルラ──。あとのことは頼んだ」


 言葉の意味を汲み取ったローブの騎士が、ゆっくりと頷き返す。


 ──じゃあ、シヴァ。行こうか。


 大剣の騎士は自身の鎧に優しく語りかけると、意を決したようにまっすぐ前を見据える。


神器兵装人形ゴーレム──リミッター全解除!!」


 大剣の騎士の喚呼かんこに、身鎧フルアーマーから黒い煙が立ち上がる──。


 微かな揺れとともに地面の細かな土が浮かび上がり、空気中の粒子が振動し、熱を持ちはじめていく──。


 キーンという甲高い音が鳴り響き、鼓膜を刺激する──。


 それはまるで激しい怒りを表現するかのように、大剣の騎士の周りを光のヴェールが狂ったかのように回転し始めた──。


「これが全リミッター解除かよ……」


 魔法陣の騎士が嘆くように呟いた。


 大剣の騎士は黒煙に包まれて、既にその姿を捉えることはできない。

 光のヴェールが回転を更に早めていく──。


 同時に、悪魔は詠唱を終えつつあった。

 宙に浮かぶ魔法陣から、巨大な火の玉が召喚されていく──。


「なにやらコソコソと小賢しいやつらめ!! 我に仇なす虫けら共よ、その愚かさを身をもって知るがいい── 地獄の業火球インフェルノフレイム!!」


 魔法陣から火の玉が解き放たれる──。


 先ほどの火炎の比ではない、激しい熱風が吹き荒れた。息をすれば、一瞬で喉を焼かれそうな、それほどまでに強烈な熱を感じられる。


「くそ!!」


 ローブの騎士が顔を守るように腕を掲げる。あまりの高温に、鎧の表面から白い煙が立ち上がる。


「待たせたな──」


 チリチリと空気が燃えていくなかで、大剣の騎士が低い声で呟いた。

 

 それは突然の事だった──。

 まるで時間が停止したかのように、高速回転していた光のヴェールが動きを止め、騒がしく舞っていた土埃までもが空中で静止する。


 時の流れが止まった静寂の世界──。

 大剣の騎士の息遣いだけが微かに聞こえてくる。

 

 次の瞬間──動きを止めていた黒煙が瞬く間に大剣の騎士の身体へと収束されていった。


 大剣の騎士は、身丈ほどもある剣を逆手に構えると、矛先を地面につけ、身を低くして身構える。

 

 

 「極大光魔法── 大いなる神の光柱ルミナスピラー!!」


 全身全霊を込めた叫びとともに、大剣の騎士は光の矢となって閃光のごとく空を切り裂いた──。


 空を覆い尽くしていた分厚い雲の隙間から、糸のように一条の光が差し込み、悪魔の頭上を照らし出す。


「ハッハッハ、なにも起こらんではないか!! くだらんぞ!! 灰となって散るがいい──」

 

 悪魔が不敵な笑みを浮かべたその時──光の糸を辿って、著大な光柱が舞い降り、その身体を押しつぶす──。

 

「なっ──なんだと……この光は!? ありえん……この私が負けるなど──ぐおおおおーーーー!!」


 断末魔の叫びを轟かせ、悪魔の身体は光の渦へと消えていく。

 谷底が眩いばかりの光に包まれる──。


 魔法陣の騎士は、光のなかに大剣を携えた騎士の影が垣間見えたような──そんな気がした。

 やがて全ては光に飲み込まれ、辺りを白に染め上げる。


「アキレウス!!」


 光が消え去り、辺りに闇が戻りつつあった。

 魔法陣の騎士は、大剣の騎士の名を呼びながら光の柱が落ちたほうへと目を凝らす──。


 立ち込めていた砂埃が、谷底を吹き抜ける風に煽られ払われていく。

 鮮明になった視界の先には、大剣の騎士の姿は無く、あの禍々しい悪魔も消滅していた。


 万華鏡のように細かくも儚い、美しい光の粒子が舞うなか──ただそこにあったのは、大地に煌々と突き刺さる大剣とその傍で横たわるひとりの少女の姿だった。





 とある地の薄暗い酒場。


 かつては戦場でその名を轟かせた戦士たちが、戦いに疲れ、絶望し、死に場所を求めたどり着く終着点。


 床は薄黒く染まり、ひび割れた壁は、泥や吐瀉物、痴話喧嘩の末に起きたであろう血反吐のあとで見る影もない。


 そんな掃き溜めのような酒場の隅で、一際目をひく女の影があった──。


 背丈は高く、猫のようにしなやなシルエットにシルクのような白銀の髪を垂らした姿は、辺境の酒場にはあまりにもミスマッチに感じられる。


 女は壁に立てかけてあった三日月のようにアーチがかった楽器を手にすると、滑らかな手つきで弦を撫ではじめる──。


 船乗りを惑わすセイレーンのように透き通った声が、疲弊しくたびれた酒場に生命の息吹を灯し出す。


 あの男の事を語ってください、女神よ。


 過ちにより失われし魂の叫び。


 数多の試練を乗り越え、裏切られ、悲しみに打ちひしがれてなお、戦い続 けた気高き英雄……


 この地を救ったあの男の話を──。


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