Detective Buddy

結星 雪人

プロローグ

「今年もあと少しだねー」「いやー、冷えるな今日は」「温めてあげるー!」

 二千十九年、十二月二十五日。雪がちらほらと振り、そこら中でカップルが手を繋いで歩いている東京、歌舞伎町。ホワイトクリスマスだなんだと辺りは湧いているものの、男はどうも喜ぶ気になれない。

「寒い寒い……早く店の中に入らないと……凍える」

 歌舞伎町の片隅にある、こじんまりとしたジャズバー。そこに上司から来てほしいと言われ、男はそこに向かうこととなった。上司の頼みとあったら、断る方が難しい。今もなんとなくそういった固定観念があるのが、少しもどかしいような。

 飲みニケーション、なんて言葉が昔に流行ったような気がするが、今では個人を尊重しないと、いくらでもハラスメントで訴えることだってできる。男の上司はそんなハラスメントを行うような悪人ではないが。

 男はジャズバー「半月」のドアを開ける。心地よく、ドア上部につけられた年季の入ったベルが鳴る。それと同時に、柔らかくも主張するジャズバンドの演奏が耳に入る。忙しい会社とは打って変わって、ほっと一息つける空間だった。

 いつだって税金だの政治だの、小難しい話が世の中に氾濫している。その中で、人がそう言った事情でパンクしないように、バーという概念は存在するのだろう。

「おお、来たか。こっちに座ると良い」

「ありがとうございます」

 促されるままに男は、上司の隣席に座る。

「今回君をここに呼んだのは、少し面白い話をするためだ」

「何です、その面白い話って? 電話でも言ってましたけれど」

 上司はウイスキーの入ったグラスを静かに傾ける。カラン、と大玉の氷が空になったグラスに転がる。まだ時間は立っていないものの、バーの中の暖房のせいか、少し溶け始めている。

「まあな。この町にいる、探偵の話なんだがな」

「探偵? この町の?」

「ああ」

 すると、いつもの仕事場で喋っているような、少し厳格な声音でなく、朗らかな声音で語り始めた。

「これは……ちょうど一年前の事だったか、この町でとんでもない事件が起こったんだよ。それこそ、君がうちの会社に入社する前の話でね。全国的にニュースで流れていない奴なんだが」

「どういうものなんですか?」

 上司は軽くバーのマスターにサインを送ると、上司と男の空のグラスにウイスキーが注がれていく。重要な話の際の着火剤のような役割なのだろう。人は酒が入ると、饒舌になる。男はそのウイスキーのグラスを軽く会釈して受け取る。

 最初、男は上司の話にあまり興味がなかったものの、いつの間にか聞き入っていた。続きが気になる流行りの漫画のように、不思議と引き込まれていた。

「それは、薬物や殺人事件ばかりで物騒だったこの街を変えてくれた……ある種、『英雄』のような、存在だったのかもしれないな」

「その英雄と称された探偵……一体何者なんです? まさか余程の大事件を解決したとか?」

「そのまさか、だよ。最初はパッとしない、それこそ対代協定のランクなんて最下位の貧乏探偵事務所だったんだけどよ」

 その時、男は思い出した。まだこの歌舞伎町付近の地で就活に励んでいた時期、それに似た話を聞いていたことを。

「日々暮らしていくのもやっとな男の、ある種のシンデレラストーリーさ」

 上司はウイスキーのグラスをあおり、そのグラスを静かに元の位置へと置く。

 グラスの中の氷は、再び熱で溶けだした。

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