再会したかつての幼馴染
1.隣の席の二階堂さん
そして現在。
隼人は山に囲まれた田舎でなく、そこから車で数時間離れた都会の大きな建物を目の前にしていた。
「でっけぇ……」
目の前の高校を前にして嘆息する。
引っ越し先の転入先の高校は、田舎のうらぶれた雨漏りする木造1階建てのものと比べると、3階建ての白亜の鉄筋コンクリートのそれは随分と大きく小綺麗で、目を回しそうになってしまう。
思わず現実逃避気味に、先のように懐かしいことを思い出していた。
ともかく圧倒されたままではいけないと、気を取り直して職員室へと向かう。
既に面倒な手続きなどは終えているようで、そのまま担任の先生と共に教室へと行く。
扉の上には1―Aのプレート。ここが今日から隼人の教室らしい。
ガラリと扉を開けた瞬間、入口からして興味の視線が突き刺さり、一瞬ビクリと肩を震わせ緊張する。当然だ。田舎の全校生徒より多い人数が一部屋に集められているのだから。
「き、
そんな自虐風の自己紹介。大うけされるほどではないが、周囲から好意的なクスクスと思わず笑いが零れるようなリアクション。ここ数日、何度も練習した挨拶だった。
(ふぅ、よかった)
転校初日の滑り出しの反応としては上々で、隼人はホッと一息を吐く。
ただでさえ田舎から都会への引っ越し、それも6月の半ばという中途半端な時期である。隼人としてもやはり、一抹の不安があったからだ。
それでも、ワクワクしていることもあった。
幼い頃に約束を交わした相手――二階堂はるきと同じ街に引っ越してきたのだ。再会できるかもしれない、そんな期待もある。記憶の中の幼い
「席は……そうだな、二階堂の隣が空いているか」
「二階ど――え?」
「はい」
一人の女子生徒が、ここですよとばかりに手を挙げた。
とても綺麗な女の子だった。
くりくりとした大きな瞳に、両サイドでひと房ずつ編み込まれた手入れの行き届いた長い髪。こちらに向かってニコリと微笑む様は、蕾(つぼみ)が綻(ほころ)ぶように愛らしい。大人しそうな感じの大和撫子という言葉が良く似合う、清楚可憐な女の子だった。
隼人は月野瀬の田舎ではまずお目にかかれない美少女にドキリとしてしまう一方で、『あぁ、この娘も
(お調子者だったアイツの事だ、もし同じクラスとかだったなら、『同じ名字って運命だよな』と絡んで行って迷惑掛けているのかもな)
そう思うと、くつくつと笑いが零れて喉が鳴る。
「よろしく、
そんな隼人の反応に、彼女は目をぱちくりとさせ少し驚くような表情を見せるも一瞬、どこか人好きのする悪戯めいた笑顔に変えて返事をした。
「よろしくね、
(……え?)
隼人は目を細める彼女に、何故か懐かしい気持ちを感じてしまった。
――あれ、何で懐かしいって思ったんだ?
思わず首を傾げてしまうのだが、周囲は考える時間を与えてはくれない。
「ねね、霧島君、自己紹介で言ってたことって本当?」
「どんだけ田舎なんだよ、道路に鹿とか猿が出るって……マジで?」
「でも一体そんなところから、どうしてこっちに来ることになったんだ?」
ショートホームルームが終わるや否や、隼人はクラスメイトに囲まれて、転校生に対する質問攻めという名の洗礼を浴びせられてしまう。
「あぁ、転校したのは急な親父の転勤なんだ。前に住んでた月野瀬はバスが1日4本しか無いような山奥でさ、人の数より飼ってる家畜の方の数が多くて……正直ニワトリや羊以外にこんな風に囲まれたことが無くて、ビックリしてる」
肩をすくめてそんな事を言ってみれば、「なにそれ」「マジかー」「ウケるー」といった笑い声が広がっていく。
中々の好感触だった。思わず安堵のため息が漏れる。それはクラスメイト達も同じの様で、とっつきやすいと思われたのか、どんどんと質問が重ねられて行く。
「向こうで彼女とかいなかったの?」
「彼女どころか、そもそも同世代の人を探す方が難しいな」
「友達とかは? 遊びとかどうしてたんだ?」
「基本は1人でゲームか畑の手伝いかな……あ、でも一人だけ居た。すごく仲の良いやつだった。橋から一緒に川の中に飛び込まされたり、山で木に登っては降りられなくなって落っこちたり……あぁ、友達というより、アレはタチの悪い猿か何かの妖怪だったんじゃ――」
隼人はかつての親友こと
どちらかと言えば、いつも引っ張り回され振り回されてばかりの思い出ばかりだった。ロクなものじゃないだろう。だけど、確かに楽しかった記憶でもある。今だって思い返せば口元が緩んでしまう。
べキッ!
「――へ?」
「…………ぁ」
どうしたわけか、話すと同時に隣から何かがへし折られる音が響いてきた。皆も思わず、そちらの方に目を向けてしまう。
音の発信源は、隣の席の二階堂さんだった。
手には真ん中でポキリと折れたシャープペンシル。
本人も驚いた表情をしている。
大和撫子みたいな清楚可憐な美少女と折れたシャーペン。
そのよくわからない組み合わせに、隼人を囲む皆の意識も、質問よりそちらの方が気になってしまうのも無理はない。
「二階堂さん?」
「え、それ、どうして……?」
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、あはは。大丈夫、これちょっと不良品だったみたいでして」
注目を浴びた彼女は、慌てた様子で捲くし立てた。顔に気まずい色を載せながら、まるで何かを誤魔化すように隼人へ質問を向けてくる。その顔は少し、批難の色を帯びていた。
「大切な友達だというのに、随分な言い型をするんですね」
「ははっ、そりゃ、大切な友達だからな」
「……へぇ、そうなんですか」
隼人は
そして彼女は、ぷいとばかりに顔を逸らすのだった。
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