▪こんなの絶対におかしい
淡白な女。俗称『サバサバ系女子』。俺は戦慄した。すぐに状況がつかめなかった。
愛くるしい小動物がくるのかと思えば、歯に衣着せぬ物言いをする狂犬がやってきた。……嘘だろう。何故、学年一の淡白女子がここに?
「……なんでお前が」
「は? お前が呼んだんだろうが。こちとら、スタバの新作ラテ心待ちにしてた連れの約束破ってまで来てんだよ。それ相応の覚悟があんだろうな。あ?」
鈴本は俺を睨んだ。待て。どういう状況だ。どうして俺は今まで一度も喋ったことのない女と屋上で向かい合っているのか。
そして、次の瞬間、俺は信じられないことを口走る。覚悟して聞いていただきたいと思う。
「あ、いや。好きです」
時すでに遅し。この時、何故こんなことを言ってしまったのかは未だに分からない。
相手は実咲ではない。近寄り難い女代表の鈴本紗月だ。動揺しすぎて、今世紀最大のやらかしをしてしまった!
「へぇ」
焦る俺を見て、鈴本紗月は邪悪な笑みを浮かべる。俺の青春は永遠にターンエンドらしい。こいつは友達が多く、人脈はすさまじい。
しばらくの静寂を経て、彼女は口を開いた。もういい。さっさと断って、無様な俺を社会的に抹殺し尽くしてくれ。
「あ、ありがと」
はあ。思わずため息が出そうになる。それはどういう感情なんだろうか。『今から振るけどごめんねぇ』とでも言いたげな困り眉をしている。
もう投げやりになっていた俺は、彼女からの正式な断りをただ待つばかりだった。
「ま、私も好き、ってことで」
……
……なんだと。俺は絶句した。
*
「というわけで……付き合うことになった」
「なんでそんなに悲しそうなんだよ」
翌日。机に突っ伏しながら青瀬に愚痴を垂れていた。結局、俺と鈴本は付き合うことになった。人違いを打ち明けられぬまま、一度も話したことの無いサバサバ女との関係が始まってしまった。
最初は学年中の人間から馬鹿にされると思っていたが、そんなことは無かった。案外、向こうも周りに言いふらしてはいないようだ。
「いやー、それにしてもノリちゃんの恋が実ってよかった! 今夜は乾杯だよ」
「あぁ……それが、人違いだったんだ」
朗らかに笑みを浮かべていた青瀬の表情が、少しのタイムラグを経て豹変した。
「は?」
「いやまぁそうなるよな……」
どうして初対面の塩対応女に「好き」とかほざいたのだろうか。俺はどうかしている。
自らの黒歴史に、新たな一ページを刻んだ。
「と、とりあえずめでたいことにしておこうよ。そういえば、松宮実咲さんだっけ? ノリちゃんが告ったこと知ってるの?」
「あー……知らんと思う。そもそも青瀬以外に告白の話はしてないからな」
まだ気持ちの整理が着いていないから、はっきり言って彼女と鉢合わせなかったのは助かった。
「そっか。……きっと、松宮さんも喜んでくれるよ。昔はサッカー、今は勉強と演劇に全力で打ち込むノリちゃんが、恋愛まで成功させるなんてね。少なくとも僕にとって、君は自慢の友達だ」
「青瀬……」
人違いだったけどな──と再喝したくなるものの、素直に青瀬の言葉を受け取っておいた。
俺は思わず、体を起こす。なんだか親友に褒められて、くすぐったい。
「そそそ、そんなことないぜ。恋愛なんて個人の勝手だからな! そうだ、青瀬は好きな人とかいるのか?」
「死んだよ」
「……へ?」
「死んだよ」
待て。どういうことだ。
付き合っていたけど、事故で亡くなったとか──そういう事だろうか。踏み込んでは行けないような気がしたが、俺はあえて踏み込むことを選択した。
「よかったら、聞かせてくれないか?」
「……うん。長くなるけど、いい?」
「ああ」
「オーケー。……あれは中二の夏だったかな。僕は、学校の廊下で通り掛かった後輩の女の子に一目惚れしたんだ。そうしてそのままその子と付き合ったんだけど、どこか性格が合わなくてね。自分から告白したのだから、すぐ振るのもオカシイと思って……まぁ惰性だね。そして自分の気持ちがよく分からないまま、付き合って半年の記念日にその女の子は自殺した。僕が悩んでる間に、その女の子は更に深い悩みを抱えていたんだ。吹奏楽部で色々あったことは聞いていたけど、まさか自ら命を絶つまでに追い詰められていたとは……まったく。彼氏失格だよ」
壮絶な過去を聞いて立ちすくむ。どこか寂しそうな顔をした青瀬は、やがて俺の肩に手を置いた。
「人生は、一期一会。態度はハッキリしてあげなきゃ、自分が一生後悔することになる……あぁごめん。縁起の悪い話で。ノリちゃんは責任感があるし、人を幸せにできるはずだよ。頑張ってね」
そうして、青瀬はどこかへと去っていった。何も声をかけてやれなかった。
もしかすれば、俺は軽い気持ちで告白なんて大層なことをしてしまったのかもしれない。
「……そうだ。これも、何かの縁かもしれない」
俺は一度、鈴本紗月という女にしっかり向き合おうと思った。とりあえず、彼女に連絡をしよう。まだお互いのことをまったくわかっていない。
「あっ」
LINEを開き、友達の欄を確認していたところで気がついた。そもそも俺はヤツの連絡先を持っていない。
仕方ないので、俺は渋々彼女のもとを訪ねようと、教室までやってきた。
実咲と鈴本は同じ1-B組の生徒だから、少々後ろめたさはあるが……別にいい。腹はとうに括っている。俺は、アイツに真正面から付き合うことを決めたんだ。
『ガラッ』
「鈴本!! 話があr」
「シャラッッッッッッッッッップ!!!!!!!」
「ひでぶっ!!」
俺はドアを開けた瞬間、何者かの殴打を頬に受け、背後の壁まで吹っ飛んだ。
「おい、なんだ今のは……!!」
すると、目の前に鈴本が現れた。
おそらく顔面を殴ったのは彼女だろう。いや、間違いなく、鈴本紗月だ。
ところが、彼女は傷だらけの俺を憂うどころか、
「オラ立てや」
「えっっっっ!?」
俺のワイシャツの袖をつかみ、強引に屋上に続く階段まで引っ張り出したのであった。
「いてて……おい、鈴本。どうしたんだよ」
「こっちのセリフだし。急に来るとかビックリぽんなんだけど」
ワードチョイスがおっさんみたいだなと思いつつも、俺は携帯の画面を彼女に見せる。
「付き合ったのに、連絡先も持っていないことに気がついてな。だから、LINE交換しようぜ」
鈴本の表情が緩んだ。
「なーんだ、そんなことか」
「逆に何を想像してたんだ」
「今度から、さっきみたいに堂々と話しかけんの禁止な。
なるほど。ありのまま過ぎて(サバサバすぎ)、秘密とか無さそうだけど、意外とこういうのを気にするらしい。
「まぁわかったけどよ、かと言って彼氏を殴り飛ばす必要も無いだろ」
「あ、きたきた。追加完了」
「話聞けや」
なんだこいつ、会話のキャッチボールが成立しない。一方的に投げられるだけだ。
「てかこれ、『さぬき』って──」
「プロフの話? あー。誤字ったけど直すのだりーからそうしてるだけ。特に意味は無い」
「そう」
自分の名前くらい正しく書けやと強く思った俺だが、もうこいつに何言っても無駄なので黙っておいた。
「終わり? んじゃ、今度から連絡はLINEか電話で」
そう言って、鈴本は足早に去っていった。
「はぁ……」
まったく性格が合わない。階段に座り込みながら、俺はため息をつく。まだ付き合って二日目だが、既に暗雲がたちこめていた。
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