恋する磁石

若宮

▪告白

 俺、成谷智人なるたにのりとは考える人である。考えすぎて時に空回りしてしまうことも多くあるのだが、それはまたご愛嬌。


 目付きが悪いだけの平凡な男だが、猛勉強の末に私立難関高校の入学試験に合格した。ここまで頑張ってこれた理由は、ただひとつだけ。古くからの幼なじみ、松宮実咲まつみやみさきを追いかけるためだ。


 実咲は頭のカチューシャが特徴的な女の子で、何にも汚されなかった純朴な瞳が眩しく、華奢な体格で、守ってあげたくなるような、それでいて活発な性格。


 小学校、中学校とただ少し仲がいいだけの関係だったわけだが、そろそろここら辺で告白と行きたい。


「クソぉぉぉぉぉぉ!! でも、勇気が出ねぇ!!」


 そう。10年間、何かと理由につけて告白しなかった俺が、今更腹をくくれるわけがなかった。


 俺は考えた。どうすれば、実咲に思いが届くだろうか。ダメならダメだったでいい。とにかく、俺の全身全霊をぶつけたい。


「……よいしょっと」


 というわけで、ラブレターを入れてみた。


 しばらくウロウロしたが、周りに誰もいないことを確認した瞬間パパっと入れて逃げた。


 ……いや、わかっている。臆病な俺は、文面だったらうまく思いが伝えられるだろうと日和ったのだ。


『ずっと好きでした。屋上で待ってます 成谷智人』


 思い返すだけで悶絶する文章である。スマホが普及する世の中で実に古くさい少女漫画的な行動だ。


「あぁ……これで来てくれなかったらどうしよう」


「珍しく弱気だねぇ、ノリちゃん」


「その呼び方やめろ」


 机に突っ伏していた体を起こすと、そこには青髪の好青年がいた。


「……青瀬、お前ってほんと背高いよな」


「やだなぁ、君の好きな人にはかなわないよ」


「いや圧勝だわ」


 絶対実咲のことを知らないこの男は、青瀬薫あおせかおる。サッカー部所属で、かつて日本選抜でチームメイトになったことがある。


 優しくおっとりした性格だけど、試合になると豹変し、相手を潰す《中盤の鬼》になることでも有名だ。


「ノリちゃんは、ずいぶんと弱気になったんだなぁ。前までは、DFに囲まれても強引に突破してシュートを打てる、日本期待のストライカーだったのに」


 青瀬は残念そうに語ったが、俺は首を横に振った。


「俺は今の自分のほうが好きだけどな。表舞台には出ずに、裏方で汗を流すのは最高だぜ? 例えば脚本だったら、自分の書いた世界が舞台で煌めきだす。すばらしいことだと思わないか?」


 その後も演劇の素晴らしさを語っていたが、青瀬は思い出したように口を挟む。


「あ、僕はこれから部活だから。告白頑張ってね〜」


「おーい!! ……って、知ってたのか」


「うん」


 もしかすれば、表情や様子でバレてしまっていたのか。さすが、青瀬。勘が鋭い。


「下駄箱でソワソワしてるノリちゃん、不審者みたいで最高だったよ」


「あああああああああ!!」


 ニヤニヤと笑いながら俺の顔を眺める青瀬。これを小悪魔と言わずして何になるだろう。


 *


「ちょっと張り切って早めに来すぎたか? でも、実咲を待たすわけにもいかないし……」


 大きな独り言を吐く。放課後、生暖かい風が吹き抜ける屋上に来ていた。出入りは自由。


 ちなみに、俺はまだ誰にも自分の好きな人が実咲であるということを言っていない。が、成功かどうかにかかわらず、明日には噂が学年中に広まることだろう。


 とにかくここは、落ち着かない。緊張で全身が震えたが、それをかき消すように何度も何度も曖昧なシミュレーションを繰り返した。


 でもなんとなくこう、いける気がしていた。彼女とはたまに電車で一緒になることはあるし、なかなか楽しそうにしている。


 彼女と話すときに、ほかの男との惚気話を聞かされるのはつらかった。だから、そんな日々は今日で終わりだ。


 そして、ついにその時が来た。深呼吸をしていると、コツ、コツと誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。


 思い出せ、俺。今までの辛く甘酸っぱかった日々を。ここで、ここですべての思いをぶつけるんだ。


 さあ、心から声を振り絞れ!


 「み、みさ…………ん?」


 俺は違和感を抱いた。ちらっと見えた髪が、彼女のそれとは違う気がしたのだ。


 それに、やたらと階段を上るスピードが早い。


 気のせいだろうか。結論から言うとそうでは無かったが。


「ごめん、遅れた」


 俺の前に現れた人間は軽く頭を下げた。


「え……?」


「い、いやなに驚いてんだよ。呼び出したのはお前の方だろ」


 彼女は頭を照れくさそうにかきつつ、猫のような目でこちらを睨む。黒色の髪は、毛先を巻いたショートで、背はそこそこ高く、胸も少しある。


 顔面はとても整っているが、それ以上に強烈な冷めた視線をこちらに送っていた。第一ボタンを閉めずにワイシャツを羽織り、靴下は短すぎてくるぶしが露わになっている。


「早く要件を言えよ。……こっちだって暇じゃねぇんだわ」


 俺の前に現れた女は、学年一のサバサバ系女子こと、鈴本紗月すずもとさつきであった。












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