35好きな人

 彰人から連絡を受けた双子は休日に3人で会うことになった。母親は特に外出の際に何も言わずに双子を外に送り出した。いつもは、しつこく誰にどこで何をしに行くのかしっかりと聞いてくるのに、今日はそれがない。なんだか不気味に感じたが、聞かれてもいないのに外出先を伝える必要はない。そう考えた双子は、母親に出かける旨だけ伝えて家を出た。


「ああ、そうそう。昼も夜もいらないから。母さん一人で食事をしていいからね。」


 ちなみに今日はミツキのバイトは午後からだった。午前中はゆっくりと彰人と過ごすことができる。双子はこの日を楽しみにしていた。


「久しぶりに彰人さんに会えるね。」


「そうだな。」


「ほぼ、一年ぶりくらいになるのかな。あの時は本当に世話になったよな。」


 季節は夏を迎えていた。すでに夏休みに入り、今はちょうど8月を過ぎたあたりだった。


 結城彰人の家は電車で数駅、駅から歩いて10分ほどの古びたアパートだった。中学の時に一度行ったことがあるが、それ以来訪れたことはない。駅で待っているとのことだったので、駅まで行くと、すでにそこには彰人の姿があった。




「久しぶりだな。ヒナタにミツキ。元気にしていたか。」


「もちろんです。彰人さん。」


「当たり前だ。」


 3人の間に和やかな空気が流れる。そのまま、3人は彰人の家に向かった。


「彰人さんは、今年大学4年生だよね。就職活動はしているの。」


 家に入るなり、ヒナタは質問する。いきなり連絡が来たことに驚いたが、連絡が来たということは、大学での生活に余裕が現れたということだ。


「ああ、もっと早くに連絡を取りたかったんだが、どうにも就職活動が難航していてな。」


「彰人さんならどこにでも務められそうだけど。」


「そんなことはない。」


 それから、彰人の就職先の話題で盛り上がった。彰人は、すでに就職先から内定をもらっていた。教育学部に入り、教員免許を取得した彰人は、教員を目指そうとしていたが、教育実習を通して、自分は教師に向いていないと感じた。教師とは、自分の受け持つクラスメイト数十人の面倒を見ることになる。誰か一人を特別視することはできず、クラスメイト全員に平等に接する必要がある。もちろん、人間であるからには多少の差別はあり得るが、一人だけを過保護にするわけにはいかない。


 それが彰人にとって、教師は無理だと思った理由だった。だからこそ、生徒個人の面倒を見ることができそうな塾講師に目を付けた。もちろん、塾もお金をもらう以上、入塾し、自分の担当する生徒にある程度の平等を強いられるが、人数が少ない分、面倒をしっかり見ることができると考えたからだ。


 何社か塾の面接を受けて、彰人は家庭教師などを手掛ける大手の塾「家庭教師の挑戦」から内定をもらった。他にもいろいろと内定をもらったが、最終的にそこに就職することに決めた。



「塾に来ない生徒は俺には救えないが、塾に来た生徒の悩みを聞くことはできる。勉強だけでなく、生徒の悩みも聞ける先生になりたいんだ。」


 嬉しそうに話す彰人に、双子も自分のことのように嬉しくなった。彰人は自分の道を進み始めている。きっと、彰人はきっと良い塾講師になるだろうと双子は確信した。


「でもさ、就職が決まったとしても、俺たちのこともかまって欲しいな。」


「そうそう。塾の生徒だけでなく、僕たちの面倒も見てよ。」


「かわいいなあ。それより、二人は、高校生活はどんな感じだ。ヒナタもミツキもまだ高校生だろ。若いなあ。俺にとっては懐かしい思い出だ。」


 彰人は自分の話を終えて、今度は双子の現在の様子を質問する。しかし、彰人はそれが失言だと気づいた。この双子にとって、高校生活が楽しいはずがないということを忘れていた。


「悪いな。母親のことを忘れていた。」


「いいよ。高校は楽しいよ。誰も、俺たちが入れ替わっていることに気付かないから、結構、楽に生活できてるよ。」


「そうだな。」



 そういえばと、彰人は目の前の双子を改めて観察する。双子の様子が以前より、似ているような気がした。もちろん、顔が変わったわけではないのだが、雰囲気が同じになりつつあった。彰人にとってはすぐに見わけがつくのだが、他人が見たら、初見ではすぐには双子の区別がつかないだろうということは確実だった。


「いつまでこんなことを続けるんだ。」


 いくらばれないといっても、いつか必ずほころびが生まれる。それが早いか遅いかの違いである。彰人は心配していた。すでにこの双子の家庭は崩壊しつつある。いや、すでに崩壊している。


「いつって言われても、ばれない限りはずっと。とりあえず、高校卒業くらいまでは続けるつもり。」


「そうだな。それ以降は未定だ。」


「そんなことを言わないで、すぐにでもやめて……。」


 双子の愚行を止めるべき言葉を発した彰人は、急に言葉を止めた。自分がこの行動を止めたところで、双子は今後どうするというのだろうか。ヒナタ名義で高校に通っているので、ヒナタはそのまま高校に通うだけでいい。しかし、ミツキは。ミツキはどうすればいい。ミツキは高校に在学していない。今のままでは中卒になってしまう。


 何か解決策はあるのか。自問自答をする彰人だが、今の彰人にできることはなかった。


「忠告ありがとう。」

「大丈夫。だって彰人さんしか僕たちを見分けてくれる人がいないから。」


悲しそうに話す双子に彰人は再度言葉に詰まってしまう。自分には双子を止める権利はなかった。それでも、そばで双子を見守ることはできると考えた彰人は、一つの提案をした。




「もう一度、家庭教師をしても。」


 しかし、その言葉を言う前に、衝撃の事実を告げられた。彰人にとってそれは予想外のことであり、自分が双子に対して担う仕事だとばかり思っていたからだ。


「そうそう、彰人さんが家庭教師を辞めてからだいぶたつけど、また母さんが家庭教師を雇ったんだ。」


「すでに新しい家庭教師がいる。」


 そう話す双子は、寂しそうに笑った。母親の要望で、新しく来た家庭教師はヒナタとミツキの二人の息子がいることすら知らされていなかった。だからこそ、高校と同じで、入れ替わりで授業を受けているとのことだった。


「それじゃあ、いつお前たちが本当のありのままの姿でいられるんだよ。俺だったら、二人を間違えることはない。それに……。」


 彰人は必死だった。新しい家庭教師がいても関係ない。また自分が彼らに勉強を教えたいと強く思った。


 説得しようとしたタイミングで、インターホンが鳴った。





「誰か来たけど、彰人さんは今日、用事があったの。」


「いや、宅配かな。」


 インターホンに出ると、ドアの外に立っていたのは、彰人の幼馴染の女性だった。彰人の家が大変な時に支えてくれた一人でもあり、無碍にはできなかった


「どうしたんだ。俺は今日、用事があると言っていただろう。」


「だって、お母さんが彰人にって、これ、作りすぎたからどうかなって。」


 女性は可愛らしかった。背が低めで、小動物のように、その場にいるだけで癒されるようなタイプだった。親しげな様子を見て、双子は二人が恋人だと予想した。


「彰人さん、僕たちはこれで失礼するよ。」


「今日は、話を聞いてくれてありがとうございました。」


 彰人には彰人の人生がある。これ以上、自分たちが迷惑をかけるのはダメだと思ってしまった。女性は明らかに彰人に好意を寄せている。それを見るのがたまらなく嫌だった。

 

 双子は、強引に彰人の家から出た。そして、無言でヒナタは家に、ミツキはバイト先に向かって、それぞれの行き先に足を運んだ。



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