25進路先の決定

 月曜時、双子は意気揚々と担任に自分たちの進路を語っていた。


 ヒナタは、朝一番に担任に自分の進路を報告した。登校するとすぐに職員室に向かい、担任に歩み寄る。


「おはようございます。先生、僕は母親の言う通りに、K学園を受験します。土日に話し合いをして決定しました。」


 ヒナタの自信ありげな態度に気圧されて、「ああ。」とあいまいな返事をする担任。ヒナタは畳みかけるように説明を始める。


「お金なら心配ないですよ。祖父の遺産があるので。」


「ええと、どういう心境のへ、ん。」


「あと、勉強面ですが、今までの成績でも大丈夫だと思います。実は夏休み前から、家庭教師に勉強を教えてもらっています。だから、受験もばっちりです。あ、何なら推薦はもらえますか。僕みたいな人間に推薦されるようなことがあるとは思いませんが。」


 先生の途中の言葉をさえぎり、一気に話し終えたヒナタは、それでは失礼しますと、颯爽と職員室から出ていった。残された担任は、口を開いたまま、なすすべなくイスに座っていた。




 ミツキはすぐには担任に報告をしなかった。担任が話しかけてくるまで待っていようと思っていた。担任は、土日にずっと心配していたのだろう。朝のHRが終わると、挨拶もそこそこにミツキに近づいてきて、小声で尋ねてきた。


「結局、高校は決めることができたかしら。」


「ああ、大丈夫ですよ。いろいろありましたが、何とか決めることができました。」


「そう、ならよかった。どこの、」


「A高校です。」


「A校って……。」


 県内有数の進学校と知られるA高校。当然、県内から優秀な生徒が集まってくる。確かにミツキは成績優秀だが、母親は高校に行かせたくないと言っていたはずだ。どういう心変わりだろうか。担任は不審に思い、問いかける。


「高校にも行かせてもらえなさそうな状況で、どうやって説得したのか、ぜひ教えてもらいたいのだけど。」


「ああ、それなら簡単です。夏休みに猛勉強をしたんですよ。なぜか急に母親が家庭教師をつけてくれたので……。」


 ミツキは自信ありげに、高校に行くことを許してもらえた経緯を説明する。いつもの低いテンションはどこに行ったのだろうか。興奮気味に話すミツキに疑問を覚えた担任だったが、特に気にすることもなく、これで全員の進路が決まったと、ほっと一安心していた。


 双子はすでに自分たちが入れ替わってどこまで騙せるかの練習を始めていたことなど、担任は知る由もなかった。




 進路が決まり、冬休みが始まる前に一度、三者面談をしようということになっていた。双子はかたくなに母親との面談を断ろうとしていた。担任は母親と話し合って決めたのに、どうして来ないのかといってきたが、それでも、双子は母親と担任が話し合う機会を作ろうとはしなかった。


「わかりました。母親ではないですが、保護者的な人に来てもらってもいいですか。僕たちの祖母ですが。」


 ヒナタは母親の代わりに祖母を選択した。


「母親は……。その代わりに親戚の人に頼んでもいいですか。僕たちの保護者的役割をしている人なんです。」


 ミツキは結城彰人に頼もうかと考えていた。


 何としてでも母親を学校に連れてきて欲しいという、担任たちの要望に双子は応えることはしなかった。その代わりに、自分たちの保護者的な人を呼ぶことを提案した。


「そこまで言うなら……。」


「本当は母親と直接話をしたかったのだけど……。」


 二人の担任は、双子の母親を学校に連れてきたくないという意志に負けて、しぶしぶ保護者的な人と話すことに同意した。





「祖母って言っては見たけど、これはこれで最悪の展開だよね。」


「まあ、確かに祖母にはずいぶん長い間あっていないしなあ。俺は彰人さんに頼もうと思っていたけど。」


 放課後、帰宅途中で、三者面談のことを双子は話し合っていた。ヒナタは祖母と答えたが、祖母には文字通り、長い間会っていなかった。母親は、自分の息子を実の母にあまり見せたがらなかった。最後に会ったのは、双子が小学校低学年くらいだった。そのため、双子は祖母の顔があいまいだった。そんな祖母に今更、三者面談に来てくれとも言いにくかった。


「やっぱり、彰人さんに頼むべきかもね。彰人さんなら僕たちの話に適当に話を合わせてくれるかもしれないしね。」


 双子は彰人を実の兄のように慕っていた。今のところ、双子を間違えずに認識できるのは、彰人くらいだった。夏休みに彰人の家に泊まって以来、双子は彰人に懐いていた。自分たちの問題に彰人を巻き込むのは申し訳なかったが、頼れる人間は彰人しかいなかったので、双子は彰人に三者面談に来てもらおうと思った。


 双子は彰人に連絡を取ることにした。




「もしもし、結城です。」


「彰人さんですか。ヒナタです。ええと……。」


「何か、俺に頼み事だろう。俺は何をすればいい。」


 家に帰ると、母親が監視しているので、双子は帰宅途中にある公園で連絡を取ることにした。祖父からもらった携帯電話で彰人に電話すると、すぐに彰人が出て、用件を聞いてきた。


「頼み事ってどうしてわかったんですか。」


「俺に用もなく連絡をしないだろう。別にそれで構わない。」


「すいません。でも、頼れるのは彰人さんしかいないんです。」


 ヒナタは彰人に三者面談のために学校に来て欲しいことを伝えた。担任は母親に学校に来て欲しいらしいが、それは無理なこと、代わりに誰かほかの人を呼ばなければならなくなったことを順番に説明した。


 話を聞き終わった彰人は、しばらく無言になった。時間にして数分程度だったのだろう。それでも、双子にとってはそれよりも長い時間だと感じた。


「そんなことならお安い御用だ。しかし、俺がその保護者役をやっても大丈夫なのか。じいさんの執事とかに頼んだ方がいいと思うんだが。」


「それはダメだ。」


 ミツキがヒナタから携帯電話を奪い取り、彰人に反対する。携帯電話はミツキにも聞こえるようにスピーカーモードになっていた。


「所詮、執事もじいさんの仲間だ。優しそうに見えて、俺達にじいさんの願いを押し付けてきやがった。信用できない。」


「なるほど、それは一理あるが。そうなると、俺も信用できないぞ。なんといっても、俺はお前たちの母親を恨んでいるからな。息子に何をするかわからないぞ。」


 茶化すように彰人は言うが、それが冗談だということに双子は気づいていた。もし、そうだったら、夏休みのあの日に、双子を助けたりしなかっただろう。それに、彰人の双子を見る目は家族の仇を見るような眼はしていなかった。


「それでも、僕たちの中では、彰人さんが一番信用できる人間だ。」


 ヒナタがはっきりと言い切った。そこまで言われてしまうと、苦笑いしか出ない。彰人は苦笑して、双子の頼みを聞くことにした。


「わかった。俺が三者面談に出ることにしよう。細かい日程がわかったら連絡をくれ。大学の授業は心配しなくてもいいぞ。俺は優等生だから、一回くらい休んでも問題はない。」


「ありがとうございます。」

「助かった。」


 こうして、双子は三者面談を乗り切ることができそうだと安心した。


 実際に三者面談では、彰人のおかげで無事に終えることができた。彰人の登場に担任たちは驚いてはいた。しかし、双子と事前に話す内容を打ち合わせていたので、ボロが出ることはなかった。そのため、怪しまれずに済んだのだった。




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