とある男子高校生の


あの日に見た月は、いつもとそう変わらないものだったかもしれないけど。

今までの人生の中で、一番輝いて見えたんだ。







あれは、10月。暑さがましになって、むしろ寒くなり始めた日。


朝の通学路。

「おはよー、なおくん!ってあれ?すごく眠そう」


向こうから駆け足でやってくるのは、あやめ。俺の幼なじみで、ショートカットで背が低めの文学少女だ。


「あやめはいつも元気だな。俺なんて昨日から徹夜でレポート書いてたから、もう限界が近いんだ。学校から帰ったら寝落ちする自信しかない」

まさにようやく終わった悪夢、きたれ自由!


「あんだけ言ったのに、やってなかったんだね〜、ふふっ」

「今俺のことばかにしただろ!そっちがそうなら、こっちにもとっておきの情報ってものが・・・!」

「世界史の追加レポートなら、友達の手伝いしてただけだからね?私はもう提出済み!」



・・・まじか。俺の反撃がおわった


「ていうか、なおくんこそやったの?追加レポート」

「俺のクラスは進度が遅いからな。まだ出されていないのだ!」

「そんなあなたに耳より情報。その進度的に、レポート出るのは今日です!」

「うそだ・・・そんなことあっていいはずが、「今日は"寝落ち"できないね?」・・・」


学校で、寝るかな。いや、それしかない。




「じゃ、またね!」

「ああ」

そんなこんなで教室に着く。あやめとはクラスが違っているのだ。



さて、教室はいつも通り騒がしい。

席に着くと、前の席の人が話しかけてきた。こいつは石田といって、まあいいやつなんだが、

「さっき話してたの藤咲さんだろ?レポート未提出さんがいいご身分だな〜」


やっかいなヤツでもある。

つまり、こいつの情報網はやばい。言ってもないのにすぐバレてることが多々ある。

いいやつってのは、前に教科書を忘れて先生に当てられた時、こっそり貸してくれたからだ。

まじでありがとう!あの時は神かと思った。


あ、藤咲はあやめの苗字。ちなみに俺は藤田だったりする。微妙に似てるのがちょっと嬉しい。


「あやめは幼なじみって言ったろ。そんなんじゃない」

「だが藤咲さんは男子ウケがいい。狙ってるヤツ他にもいることは知ってんだろ?お前、ダイジョブなわけ?」

「うっ、」

すでに察したかもしれないが、俺はあやめが好きだ。でも今まで幼なじみでやってきたから、なんて切り出そうか迷ううちにズルズルとここまできてしまったのであって・・・

「あれ、なんでお前知って」


これはまだ誰にも言ってないはずだ!


「はーい、皆席についてー」

キーンコーンカーンコーン

「また後でな〜」

あっ、逃げたな。

「今日の内容はレポートにまとめてもらうから、しっかり聞きましょう」


・・・・。

うん、どうしよう。








ーーー


やっと今日の授業が終わったあ。少しでも睡眠時間を稼ぐため、ダッシュで家に帰ってきたところだ。さあ、今のうちに仮眠を、


ピンポーン!



ん?「今日、おじさんとおばさん帰るの遅いらしいから、私がご飯を作ります!!」

「それは、どうも・・・?」


あやめがやってきてしまった。やばい、今日の石田との会話のせいで、変に意識してしまう!!

あ、私服のスカートがちょっと短い・・・髪型もいつもと変えてかわいい・・・


だめだ!これはもう寝るしか、

「なおくんはレポート、ね?」


まさかまた徹夜しないよね、という幻聴がきこえる。視線が痛い。

やるしか、ないのか。しょうがない。




その夜、ご飯を食べ終えた後。


「珍しいな、あやめが散歩に誘うのは」

「ふふっ、私にも事情がありまして」

「どんな事情・・・、いや突っ込まないでおくよ。行くのは近くの公園でいいのか?」

「もちろん!」


・・・正直ダイエットかと思ったことは言わないでおこう。


「そういえば、あの公園って小さい頃よく行ったよな」

「そうだね〜最近は全然行ってないや。通学路からそれちゃうと、なんか行く機会がないというか」

「それな。何年ぶりだろ」


ってか、急に思い出した。

「あっ、あやめ、今日ほんとにレポート出たぞ!エスパーなのか!?」

「いやいや、当然の結果ですって!ふふっ。でも私のクラスではちょうど明治後半やってたから、すごい偶然だな〜とは思ったよ」

「偶然って?」

「その時代といえば、夏目漱石じゃない!」

「なるほど?ほんと、本好きだよな」

「昔から夏目漱石さんの小説いろいろ読んだんだけど、やっぱり"I love you"を"月が綺麗ですね"って訳されてたのがすごく衝撃的で」

「あっ、それ聞いたことある」

「でしょ?ただ気持ちを伝えるよりロマンチックだなって、いつか使ってみたかったの」


へえ、あやめらしい・・・ん?


隣を歩いていたあやめが、急に俺の方を見る。




「だからなおくん。月が、綺麗ですね」



そうやって月を指して微笑んでいるから。


一瞬、意味がわからなかった。

時が止まったようだった。でも、頭は動いていて。

あやめの顔が赤い以上に、俺も赤くなっているんだろうと思う。



「ねぇ、返事は?」


時が動き出す。俺はどれだけ固まっていた?

ああ、そうだ。返事は?もちろん決まってる。

でも普通に伝えるのは、なにか違うんじゃないか?文学には文学で返したいけど、俺はその返しを知らない。

あやめが待ってる。

だから、俺の持つ、限界の頭をつかって。



「その綺麗な月を、これからも、あやめと一緒に見ていたい」


これで、答えになっているだろうか?なんか恥ずかしい・・・


それでも。

「そっか。ふふっ、なおくんらしい答えだ」

うれしい、と呟くあやめは、綺麗で、

幸せそうだった。




「でもさ、今日の月、満月でもないね。ちょっと日にち失敗しちゃったかも」


嬉しそうに、でも悔しそうにあやめは言う。けど、


「確かにいつもと変わらない月かもしれないけど、俺はこの月を忘れないと思う」


だって君が思いを告げてくれた月だから。

俺も君が好きだと、あらためて感じたから。

だから俺は、こんな月が好きだ。


ほら、今も、あんなに輝いている。



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