水族館でブヒる姫

 今日の目的地は、ちょっと遠出して水族館だ。


 またも多聞先生ご一家に、お世話になった。


 音更さんの本命は、「マナティのエサやりタイム」である。


 ほぼ音更さんのための企画だ。


 が、音更姪っこちゃんも水族館は楽しみみたい。イルカのぬいぐるみを抱いて、心が浮ついている状態なのがわかる。


「じゃあ、ボクたちはこっちね。お昼になったら、レストラン前に集合しよう」


「はーい」


 多聞先生たちは、イルカショーを見に行った。


「ねえねえ先輩、あっちのクラゲコーナー行きましょうよぉ」


「わーったわーった。アイス欲しいか?」


「うん! 大好き!」 


 ミミちゃんは、すっかり童心に返っている。クラゲが好きなのか。


 おや? 音更さんとミミちゃんが、アイコンタクトをしているような。気のせいだろうか?


「じゃあ棗くん、マナティが待ってるよー」


「お、おう」


 ダイバーより巨大な物体が、フヨフヨと水槽で泳いでいた。


「うっわ! こんなデカイの!?」


「大迫力だね、これ、あの子が見たら泣いちゃってたかもね」


 たしかに小さい姪っ子さんがコイツを見たら、卒倒しちゃうかも。


 ダイバーさんが、マナティにレタスをパスする。


 マナティは、水槽に浮かんでいるレタスを掴んだ。葉を舐めるようにパリパリとしゃぶる。


「葉っぱを手で持って食べ始めたよ。かわいいね」


 すごいな。モンスターみたいな外見なのに、動作がまるで人間みたいだ。なんて愛らしい。


『じゃ、マイク近づけますねー』


 司会の方の指示で、ダイバーさんがマイクをマナティに向ける。


 マナティがニンジンをボリボリ……。レタスをもそ、もそ……。カボチャをバリバリ……。


 咀嚼音が心地よい。


「いいな。いつでも見ていられる」


「命を食べてる音だよぉ」


 音更さんなんて、目に涙まで溜めている。


 その顔が眩しすぎて、ずっと見てしまっていた。


「どうしたの?」


「あっ、いや。なんでもないっ」


 俺の様子がおかしいので、ようやく音更さんも自分が泣いていると気づいたらしい。目に集まった水滴を指ですくう。


「えへへ。こんなんで泣いちゃうなんてね」


「いや。一生懸命生きてる動物を見て感動するって、いいよな」


 こんな気持ちは、久しく忘れていた。


 二人でマナティを眺めながら、手が触れあう。


「あ、ごめん音更さん」


「う、ううん。こっちこそ」


 空気を読まず、俺の腹の虫が鳴く。


「お腹空いた?」


「ああ。結構な時間になってるな」


 長時間マナティを見続けていて、集合時間に遅れそうになった。


 昼食は、バイキングスタイルである。


 先生の奥さんが、子どもの皿にウインナーとポテサラを盛っている。


「あれ、なんでお前らサラダばっかりなん?


 進藤が指摘するとおり、俺と音更さんは、なぜか二人ともサラダを山盛りに。


「命の味だよね、棗くん」


 音更さんが、レタスをむしゃむしゃと頬張る。


「ああ。そうだな」


 俺も、大根サラダを口いっぱいに詰め込み、豪快に音を立てた。

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