ゲタを鳴らして、姫がブヒる

 街の掲示板に、花火大会のポスターが貼られる季節になる。


 その頃になると、みんな浮き足立っていた。「誰を誘う?」という声を、セミの音がかき消す。


 フワフワした心のまま、期末試験が終わりを迎える。


 終業式となれば、花火大会に行くグループはあらかたできあがっていた。


 当然、我がASMR部も向かう。こんなとき「部活のメンバーで行く」というワードは強い。誰にも邪魔されなくなる。


「家で浴衣に着替えてから向かう」というので、校門で待ち合わせた。


 進藤も俺も、短パンタイプの甚平を羽織っている。


「ヒャッホー! どうです、この浴衣! かわいいですよね?」


 朝顔の浴衣を着たミミちゃんが、くるりんと回転した。目の前にいる、進藤に同意を求める。


「おうおう。こんな妹がいたらなーって思うよ」


 バカにしているようだが、そうではない。

 男兄弟ばかりの進藤からすれば、この上ない賛辞なのだ。




「もー。せっかく沙和ちゃん先輩が選んでくれた着物なのにぃ」


 しかし、ミミちゃんはお気に召さない様子である。


「幼さが目立つんだよ。何着せても。庇護欲の方が勝つから、ドキドキしない」


 言われてみれば、確かに少し子どもっぽい。それが、ミミちゃんの最大チャームポイントなのだが。


「進藤くんには、チャイナドレスみたいなエロいのがお好みなのかな?」


 そんなことを言いながら、音更さんが浴衣を披露する。


「おおーっ」


 夜空に咲く花火の柄で、音更さんは決めていた。下手をすると、ミミちゃんより子どもっぽくなるところだ。落ち着いた色を選んだことで、モダンさを漂わせる。


「すごく似合ってるよ、音更さん」

「ありがと、棗くん。ほらあ。進藤くんも、棗くんの女性の立て方を見習いなよ」



 腰に手を当てながら、巾着を振り回す。



「へいへい。よし、全員準備できたし、行くか」



 カランコロンと、ゲタの音が鳴る。



「はああ、この音だよねっ。『夏が来た』って思わせてくれるよぉ」


 自分の歩く音で、音更さんがトリップし始めた。


「花火までガマンガマン」

「そうだった! 危うく体育祭の二の舞になるところだったよ」


 ハッと我に返って、音更さんは更に先を進む。


「はぐれるなよ」と、進藤はミミちゃんと手を繋いでいる。


 いつものミミちゃんなら、「子ども扱いしないでくださいっ」とか言ってくるはず。しかし、今日の彼女は借りてきたネコみたいにおとなしかった。


「何か話せよ。ハズいだろ」

「せ、先輩こそ……」


 神社に到着するまで、お互い視線を合わせようとしない。


「ねえ、棗くん、尊いね……」

「だな……」


 ほっこりさせてもらった。

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