「カタカタ、ッターン」で、ブヒる姫
翌日、本格的な部活動が始まった。
「具体的に、何をするの?」
「まあ当分は、論文作成かな?」
部活動である以上、何かの成果を出す必要がある。
動画はもちろん、研究レポートなど。
「難しそう」
「大丈夫。ASMRは、懐が深いから」
ひところでASMRといっても、様々な種類がある。PCのキーボードを叩く音もそうだ。ゲーミングPCなんてのもあって、ワケがわからない。
情報料理教室で譲ってもらった余り物のキーボードを、音更さんは無造作にガチャガチャ鳴らした。
「今のがメンブレン。一般的にデスクトップPCで使われるキーボードね。で、これがパンタグラフ」
続いて音更さんは、自前の薄型ノートをパチパチと鳴らす。
「これがメカニカルね」
カチャカチャという機械音が、部室に響き渡る。
「うるさいね」
「そうなんだよ。あたしもそこまで好きじゃなくてさ」
音更さんが、流行のゲーミングキーボードを人さし指だけでカチャカチャ言わせる。
ちなみに、音更さんが持っているのは、テンキーに近いキーボードである。ジャンク屋のワゴンで仕入れた「左手用キーボード」なるものらしい。一二円で売っていたという。音を聞きたいだけだから、実用性はなくていい。
「当時は軸……内部構造のことね。その軸が四種類だけみたいだったんだけど、最近はメーカーが独自に開発してて、もうゴチャゴチャになってる。ユーザーの触り心地に合わせているみたい」
やたら甲高い音を立てる軸や、コツコツとメンブレンに近い音を出す軸だったりした。
「タイプライター型キーボードとかあったんだけど、高い割に安定感なくてさ。いい商品じゃないとダメみたい」
言いながら、音更さんは薄型ノートを叩く。「懐かしのタイプライターを触ってみる」という動画を流し始めた。
昔懐かしい、といっても当時を知らないんだけれど。
「ガションガションっていって、気持ちが落ち着くね」
「でしょ? これがASMRなの。リズミカルな音が心地いいでしょ?」
まるで自分がアップした動画のように、音更さんが説明する。
なんとなく、良さがわかってきた。
「でもこの音、よく聞くと打鍵音じゃないね」
俺は、音声が出ているスピーカーに耳をこらす。
紙に文字をタイプしてる音だった。
「ホントだ。耳を澄ませてみると、打鍵の音は普通みたい。パンチングの音なんだね」
タイプ音自体は、キーボードの童画と大差はない。
「発見したね」
ひと言告げて、俺は大変なことをしていると気づく。
音更さんと顔が近かったのだ。
「ンピュププププププププププププププーッ!」
机の前で、音更さんが崩れ墜ちた。腕で顔を隠す。
「もう不意打ち」
耳まで赤くして、音更さんはひいひいと笑い続ける。
「下校時間だよ。立とう」
「無理無理。顔見せられない」
ツボに入ってしまったらしく、音更さんは立ち上がれない。
「はあーっ。もう反則」
「ゴメンって」
ようやく落ち着いた音更さんを、どうにか立たせた。
「声ヤバい。妊娠する」
「そんなに?」
クラスでも高嶺の花で、女子からも距離を置かれている美少女から、衝撃的な発言が飛ぶ。
「うん。ねえ、連絡先交換してなかったよね?」
「考えたら、そうだった。いいの?」
音更さんは快く承諾してくれた。
夢みたいだ。クラス一の美少女と、連絡先を交換できるなんて。
俺の耳の方が、赤くなりそうだった。
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