解説中に、ブヒる姫

 聞き慣れない単語が出てきたぞ。


「ASMRってなに?」

「これみたいのな動画のコトよ」


 音更おとふけさんが、さっき見ていたたき火の動画を指す。


「悪いけど、痛いことに興味は……」

「痛い? ああ、SとかMとかじゃなくて、ASMRだよ。日本語で言うと『感覚絶頂反応』っていうんだって」


「絶頂……」

「そこに反応しない」


 どこに反応しろと?


「具体的に、どういうカンジ?」

「たき火のパチパチって音とか、食べる音、ささやき声とかのことを言うかな? 耳掃除の音も好まれるっけ」


 だいたい、わかってきた。でも、気になることはもう一つ。


「なんで、俺なの?」


なつめくんくらいセンスのある音を出せる人って、いないよ? ほぼ才能なんだけど?」


 やたらと、音更さんは俺を賞賛してくれる。


 俺にはまったく、自覚がないんだが。


「リスがカリカリとエサを食むような優しい音から、バリボリって一気にむさぼる咀嚼音に変更する絶妙なバランス! あんたの食べる音を聴いた生徒は、みんな購買やらコンビニに行って、焼き菓子を買いに行ったくらいなんだから。かくいうあたしもだけど」


 言ってから、音更さんはカバンから焼き菓子を出す。「一緒に食べよ」と、箱を開けた。


「おっと。お茶がいるね」

「俺が淹れるよ」

「いいから座ってて。棗くんはお客さんだから」


 さっと立ち上がり、音更さんは熱いお茶を淹れてくれる。


「いただきます」


 ポキッと、俺は焼き菓子をかじった。


「はわわ。神」


 焼き菓子を食って神になれるとか。安すぎだろ神様。


「いいねぇ。放送室から流れてきた音もいいけど、間近で聴く音も素晴らしなぁ」


 俺の咀嚼音に、音更さんはトリコになっている。


「聞いていいかな? 放送部の部長と仲いいの?」


 音更さんの方が、部長より年下だ。そんな権力があるとは思えない。


「理事長の孫……っていえば、わかるかな?」


 言い辛そうに、音更さんは語る。


 なるほど。理解できた。


 音更さんと理事長とは、苗字が違う。

 接点に気づかないわけだ。


「はい。もうコメントは結構です」

「ごめんね。放送部、好きだったよね。あたしが居場所を取り上げたようなもんだよ」

「いえいえ。好き勝手やってた俺が悪いんだ。自業自得だよ」


 俺自身、部を私物化していた。部長が忙しいのをいいことに。お昼の放送を買って出たのも、自分がしたいことをしたかったに過ぎない。いつかは、こうなる運命だったんだ。


「代わりに、あんたにはもっと自由な場を提供しようと思ってさ」

「それが、ASMR研と」

「うん。実は、放送部の部長からも相談を受けていてね」


 聞けば、部長は俺のことをメチャクチャ買ってくれていたらしい。「放送部で収まる器ではない」と思ってくれていた。


「追い出したかったわけじゃないのは、わかってあげてね」

「うん。ありがとう」

「ほら。進んでないじゃん。もっと食べてもっと」


 自分の分のお菓子まで、音更さんは差し出す。


「いやいや、ごちそうさま。これ以上は、メシ食えなくなるから」


「それもそっか。じゃあさ、入部、お願いできるかな?」


 録音機材などの問題は、音更さんが解決してくれるという。中学生だから、配信などの本格的なことはしないとも。


「俺なんかでよければ」


「ちょ……今の言い方、告白みたいなんだけど!?」


 身体を丸めながら、「やっだー」と音更さんが恥じらう。


「ゴメンゴメン! じゃあ入部ってコトでよろしく」

「絶対、後悔させないから!」


 こうして、俺のアオハルは、第二章を迎えた。

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