今日、いるか?


 駅のホームで列車を待っていると、見かけない中年男性が、とぼとぼとぼくの隣へ歩いてきた。

「――今日、いるか?」

「…………」

 ひとりごとか?

 ぼくは横を向いた。彼は、ぼくに顔を向け、

「今日、いるか?」

 と、また言った。

 ――わかった。

 今日は、五月の大型連休のうちの、平日なのだ。

 今年はいわゆる飛び石連休なのである。

 彼は、こんな日に働いてどうなるのだ? と言いたいのではあるまいか。

「今日、いるか? いるか? 今日」

 彼もスーツ姿だ。どこかへ働きにいくのだろう。だが、本当は休みたいのだ。

 それはたしかにそのとおりで、ぼくも、今日は取引先の多くが休みだし、休んでいいなら休みたい。ただ、夕方に用事があって、そこの会場が会社に近いものだから、それなら仕事に行きましょうというだけの話なのだ。

「今日、いるか? いるか? 今日」

 彼は、ぶつぶつと繰り返した。

 ぼくに振られても、どう答えてみようもない。

 面倒なやつだと思いながら、ぼくは、ずっと前を見据えていた。列車が入線するまで、まだ少し時間があった。



「今日、いるか? そう訊いてくるんだよ」

 ある出版記念パーティの席だった。

 立食のため、座が乱れているときに、Aがそう言った。

「今日、いるかですって?」

 と、B。

「ああ。だけど、いるかどうかと訊かれても、会社だから行かなきゃならんだろう」

「待って。あたしも昔、似たことがあったわ」

 今度はBが言った。

「そのころは、毎日毎日、似たような仕事をこなすだけみたいな、単調な時期だったの。繁忙期ってそんなもんよね。それで、ある日、茗荷谷の駅で降りた矢先に、今日っていりますか? 今日っていりますか? って、おばさんに話しかけられたのよ」

「え、ほんと?」

「うん、ほんと」

 この流れで今朝の出来事を話さないわけにはいかないから、ぼくは、ホームにいた中年男性のことを彼らに話した。

 AもBも、深く考えこんでしまい、

「――なあ、今日いるかに対して、いらないって答えたらどうなるんだろうな」

「さあ」

 ぼくはかぶりを振った。

「たしかにたしかに。どうなるかしら」

「一日分、貯蓄できたりしないかな」

「貯蓄?」

「ああ。つまり、いらない一日は、オートモードで進行するんだ。ゲームで言えば、COMのおれが会社に行って、適当に流してきてくれるわけだ。COM対COM、それが、その日のおれの人生さ。それで、この一日は、1P、つまりおれが好きなときに引き出して、好きなように使えるんだよ」

 ぼくは、Aのあまりの空想に、苦笑してしまった。

 それに、オートモードだけならわかるが、さらに貯蓄までできるとは、虫が良すぎるのではあるまいか?

「だけど」

 Bが、周囲を見回して、言った。

「そう考えるとよ、これだけいる参加者の中には、一人くらいオートモードの人がいるかもしれないわね。案外、あたしたちだってわからないわよ。こうやって楽しく話していても、相手がオートモードだと思うと、なんだか不気味な感じがしない?」

 そう言って、Bはぼくを見やり、

「Cくん、あんただってそうよ。今朝、今日いるかっておじさんに訊かれたとき、最終的になんて答えたか覚えてるの?」

 

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