お友だちの家


 ユキは、妹のユカと一緒に、この春に転校してきた、ちか子の家へ遊びにきた。 

 今日は、ちか子の両親が用事で出かけるというので、ちか子が二人を招いたのだ。

 ちか子の家は、長い間、空き家だった。

 下の階がガレージになっていて、その上に住居があるという、大きな家だ。同じ町内だが、ユキもユカも、もともとどんな人たちが住んでいたかはわからない。おそらく、二人が物心つくころには、すでに空き家だったのではなかろうか。

 一階のダイニングで、ユキとちか子はテレビゲームに興じた。

 テニスのゲームをしたり、パズルのゲームをしたりと愉しんでいる。

 しかし、妹のユカはたまに参加させてもらうくらいで、割と退屈だった。

 出されたお菓子を食べたり、ジュースを飲んだり、たくさんの本を眺めたりしながら――しかし、いつしかユカの興味は、ダイニングの外へと向かった。

 ユカが手洗いに行った折、大きな幅広の階段が目にとまった。

 当然、この階段を上がれば、二階へ行くことができる。

 二階には、ちか子や両親の部屋があり、廊下には、まだ片づけきれていない引っ越しの荷物がたくさんあると、ちか子は言っていた。

 ほんの興味本位で、ユカは階段に足をかけた。

 トン。

 トントントン。

 二階へ出た。

 だれもいない廊下は、夜のように、しんとしていた。

 ユカは、そろそろと廊下を進んだ。

 話のとおり、廊下の両側に、いくつか部屋があった。

 いずれもドアは閉じられているが、このどれかがちか子の部屋だったり、ちか子の両親の寝室だったりするのだろう。

 廊下には、ところどころ、ダンボール箱が積まれていた。

 ちか子の話では、もっとたくさんあるようだったので、おそらく残りの箱は部屋の中に逃がしてあるのだろう。

 そのほかに、なにも見るものはなさそうだ。

 ユカは、階段へ戻り、下へ降りることにした。

 だが。

 しばし立ちつくしてしまった。

 階段である。

 階段が、三階に続いているのだ。

 そのきざはしの脇には、たたまれた衣類や、小箱なんかが置いてある。ここにも、引っ越しのあわただしさが残っている。

 しかし。

 おかしいな。

 さっきは、階段なんてなかったはずだ。

 見落としたのだろうか?

 わからない。

 わからないが――

 とにかく、階段は、三階へと続いているのだ。

 行ってみるか?

 もしかしたら、屋根裏部屋とか、ちょっと変わった部屋があるのではないか?

 よし。

 トン。

 階段に足をかけた。

 トン、トン、トン。

 三階に出た。

 階段の上がり口の真正面に、畳敷きの和室があって――

 それだけなのだ。

 いや。

 男の人と女の人、小さな女の子の三人が立っていた。

 すぐにわからなかったのは、障子を閉めているのか、和室の中が妙に薄暗くて、その暗さの中に、三人が溶けこんでいたからである。

 だれだ?

 ちか子の親戚かなにかか?

 三人は、煙のように、和室の中にたたずんでいる。

「あの――」

 ユカは口を開いた。

「あの、お邪魔してます」

 すると、三人は、にこりと笑った。

 歯が見えた。

 薄暗い部屋の中で、歯は、やけに白光りして見えた。

 ユカは、背筋が寒くなった。

「失礼しました!」

 短く言った。

 ユカは、くるりときびすを返し、タタタタタと階段を下りていった。

 その勢いのまま、一階の居間にとびこんだ。

「さ、三階に」

 ユカの様子に、姉のユキも、ちか子も笑った。

「どうしたのよ、そんなにあわてて」

「三階に、だれかいる!」

「三階?」

 ちか子は首をかしげた。

「ユカちゃん、この家に三階なんてないわよ」

 ユカはしかし、首を横に振り、

「でも、あったよ。男の人と、女の人。それから、女の子がいたのよ」

「あんまり変なこと言わないで」

 ユキがたしなめた。

「ちか子さんがびっくりするでしょ」

「でも……」

「いいのよ」

 ちか子は笑った。

「それじゃ、ユカちゃん、たしかめに行こうか」

「え」

「みんなで行ってみましょ。どうせ二階のあたしの部屋にも案内したいし……」

 三人は、階段へ向かった。

 先頭をユカが歩き、続いて姉のユキ、最後にちか子である。

 まず、二階にきた。

 二階なんてどうでもいい。

 三階だ。

 やっぱりそうだ!

 階段が、三階へ続いているのだ。

 ユカは、それ見たことかと、階段をトントントンと駆け上がった。

「ほら! あるじゃない! 和室も!」

 ユカは、そう言って、うしろを振りかえった。

「ひ」

 短い悲鳴を上げた。

 階段がない。

 いま歩いてきた階段がないのだ。

 そこには、深い、もやのような闇があるだけなのだ。

「お姉ちゃん、ちか子さん!」

 ユカは叫んだ。

「どこにいるの! 返事して!」

 しかし、闇の中から返答はない。

 ハッとして前に向き直った。

 例の人びとが立っていた。

 みんな、無表情に、うつむき加減で――

 ユカに向かって、合掌しているのだった。




  

 

 

 

  

 

 

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