古着
ぼくと晴夏は、街の古着屋に出かけた。
ふたりとも、古着を漁るのが好きなのだ。
古着屋のあとはカフェでランチをし、それから映画を観るというのが、講義のない日の、定番のデートコースなのだ。
薄手で、ちょっと羽織れるものがほしい。春らしく、パステル調でおそろいにしようよ。
晴夏は言う。
それならということで、店の中で、ぼくらは二手にわかれ、品物を物色しはじめた。
だが、なかなか、これと思うものはない。
生地が厚すぎたり、好みの色でなかったりするのだ。
上着だから、サイズはジャスト・フィットでなくてもいい。だぼだぼのものなら、下はスキニーパンツにして、シュッとまとめあげればいい。
なにかないか。
と。
いいぞ。
薄い桜色の、パーカーである。
手に取って、襟元のタグを見る。
サイズは、ぼくにちょうどいい。
薄い色だが、パーカーの下から濃い色のシャツを見せるなどして差し色を加えれば、全体がぼやけず、ひきしまって見えるだろう。
ぼくはパーカーを手に取って、鏡台の前で試着をしてみた。
……おや。
入らない。
サイズが小さいのだ。
そんなばかな。
ぼくはパーカーを脱いで、もう一度、試してみた。
だが、小さいのだ。
前のチャックが閉まらないのである。
羽織るだけにするか?
だが、それにしたって、パツパツなのだ。
脱いで、タグを見なおしてみるが、表記のサイズで着られないわけがない。
ならば、表記がまちがっているのか?
そうだろう。
そうとしか考えられない。
着られないのなら仕方がない。ぼくは、パーカーをハンガーに掛けなおし、棚に戻した。
それとほとんど同時に、ウイメンズの売り場から、晴夏が手ぶらでやってきた。
「なんかいいものあった?」
「いや、いまのところ」
ぼくは答えた。
「あたしも」
残念そうに言うと、晴夏は、ぼくがいま戻したパーカーに目をとめ、
「それよくない?」
「ああ、これ? 着たんだけど、サイズが小さくて」
「え、入りそうじゃない?」
晴夏はパーカーのタグを見ると、
「これなら入るでしょ」
「それが入らないんだよ」
「なんで」
「わからない。パツパツなんだよ」
「そんなことある? もう一回着てみて」
ぼくは、パーカーをまたハンガーから外し、試着をはじめた。
うん。
だめだ。
さっきと同様、まるで身幅が足りないのだ。
晴夏は首をかしげて、パーカーのタグを検分した。
「このサイズで入らないとか、おかしくない?」
そのとおり。
やはり、表記のサイズが間違っているとしか思えない。
「あたし着てみる」
いやいや、だめだろう。
ぼくは、ほかの男性に比べて小柄で、体もかなり薄い。いっぽう、晴夏は普通体型だ。それに、女性だからバストもあるのだ。サイズが足りないだろう。
しかし。
あっけなく、晴夏はパーカーを着てしまったのだ。
しかも、見た目には、かなり余裕があるようなのだ。
そんなばかな。
そんなに余裕があるなら、ぼくだって、楽に着られるはずなのに。
「どう?」
「……いい感じだよ」
本当だった。
春らしく、かわいらしい雰囲気なのだ。
「買っちゃおうかな」
晴夏は言った。
「あんまり男女関係ないよね? こういうパーカー」
「ないだろう」
「じゃ、買おうっと」
晴夏はうなずいた。
それからというもの、ぼくは晴夏のアパートに行くたびに、こっそり、クローゼットからそのパーカーを取り出す。
パーカーを、着てみるのだ。
だが、ふしぎなことに、いつも前が閉まらない。
相変わらず、サイズが小さいのだ。
そのくせ、晴夏に着られるときには、ゆったりしているのを見ると――
ぼくは、なんだか、このパーカーに拒まれているような気がしはじめた。
こいつ、ぼくには着られたくないのだろうか?
だから、ぼくが着るときだけ、サイズが小さくなるのではあるまいか。
ぼくがいやなのか?
それとも、若い女性に着られたいということなのか?
わからない。
わからないが――
ぼくとこいつとは、いつしか晴夏を間において、いがみあっているのだった。
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