青い鳥
「土日、広島に行ったの」
「え、いいなァ。彼氏と?」
「まさか。というか、いないじゃん!」
喫茶店で本を読んでいると、後ろのテーブルの、女の子たちの会話が聞こえてきた。学校帰りの――高校生のようである。
「ちがうちがう。家族とだよ。厳島神社に行ったの」
「へえ。あそこって、青い鳥じゃない?」
「青い鳥だよ。だから、めっちゃ拝んどいたの。あたし、幸せになれるかなァ」
「なれるなれる。青い鳥なんだから」
青い鳥?
なんだ?
「青い鳥ってさ、写真もってるだけでも効果あるらしいよ」
「まじ? じゃ、ラインで送って」
「はーい」
青い鳥とはなんだ?
チルチルとミチルの、あの童話のことか?
それとも、はやりことばか?
幸福の青い鳥になぞらえて、幸せであることを、比喩的に青い鳥と表現しているのだろうか。「それマジ青い鳥」のような……。
だが、ぼくはじきに、ことの真相がつかめた。
「ねえなんだっけ。京都の、伏見稲荷だっけ」
「ああ、あのめっちゃ鳥あるとこ?」
「そうそ。伏見稲荷も、青い鳥じゃない? まだ行ったことないんだよね」
「あそこ、めっちゃ幸せになれそうじゃん」
——わかった。
青い鳥ではなく、青い鳥居と言っているのだ。
けれども、これで合点がいくわけではない。
厳島神社も伏見稲荷も、鳥居は赤いからだ。
青い鳥居だなどと、まるで見当違いである。
「赤い鳥居は、不吉っていうじゃん」
「そうそ。行かないほうがいいらしいよ」
「あたし、むかし赤い鳥居くぐろうとして、親にめっちゃ怒られたもん」
「あたしも言われたよ。赤い鳥居には、近づいちゃいけません。だけど、幸せの青い鳥居がある神社には、なるべく行きなさいって」
「でも、たまにあるよね。赤い鳥居の神社」
「あるある。あたし、そういうとこ、絶対見ないで通りすぎるもん」
「あたしも」
――なにを言っているのだ?
鳥居なんて、たいてい赤いだろう。
いや、銅や、石でできたものもあるが……
少なくとも、青い鳥居など、聞いたこともない。
「じゃ、春休みに、青い鳥居めぐりしよう!」
「いいね!」
「卒業旅行にさ!」
「えー、めっちゃいい! 行こう行こう!」
盛り上がっている。
ぼくは、だんだん不安になってきた。
自宅や職場のまわりにある、いくつかの神社の鳥居を思い浮かべたのだ。
ほとんど、赤い鳥居なのである。
つまり、彼女たちが言うところの、不吉な赤い鳥居なのだ。
ぼくはこれまで、安心して、そういった神社で柏手を打ってきたが、それはまちがっていたのだろうか。
これからは、青い鳥居のある神社を探して——
そこで参拝しなければ、幸せになれないのだろうか。
だが、そんな、あるのかないのかわからない青い鳥居を追い求めるなんて……。
まるで、幸せの青い鳥を探した、チルチルとミチルそっくりだな。
ぼくは苦笑した。
苦笑して――
なにげなく、後ろのテーブルを振りかえった。
さっきから、ふたりの会話が途絶えているのだ。
…………。
ぼくは息をのんだ。
長い白髪を垂らし、鳥居のように朱色の顔をした女ふたりが、ギラギラした目で、ぼくをにらんでいるのである。
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