検温
凛子は、短大の友だち二人と連れ立って、近所のスーパー銭湯を訪れた。
今晩は、凛子のアパートに集まって、プレゼンの準備をしていて――どうやら朝までかかりそうなので、息抜きもかねて、やってきたのである。
昨今、新種の感染症が、世界的に流行している。
この田舎町でも、感染拡大を防ぐために、あちこちで検温を実施していた。
スーパー銭湯の入口にも、ペダル式のアルコール洗浄液と、ひたいをかざす方式の検温装置が、門番のように設置されているのだった。
凛子たちより先に、男性がひとり、検温をしていた。
男性は、前髪をかきあげ、額を出した。すると、装置のディスプレイに三六.〇と表示された。平熱である。
「ちょっとだけ低いな」
男性はひとりごとを言い、下足箱へ向かった。
続いて、凛子たちである。
まず凛子が、手早くアルコール洗浄液を両手にもみこみ、それからひたいを出して装置のカメラへ突き出した。ピピピ、と電子音が鳴った。
――五一.四。
アハハ!
凛子たちは笑った。
お湯じゃあるまいし。装置の誤作動だろう。
凛子は、いったんカメラから遠ざかってから、またひたいを突き出した。
――五一.四。
「え?」
「なにこの機械」
「故障じゃない?」
友だちの希美が、あたしも試しにやってみると言った。
希美は、もともと前髪を上げているので、そのままカメラにひたいをかざした。
――六九.一。
一同、また吹きだした。
「なにこれ!」
「鬼やばじゃない?」
「超うけるんだけど!」
もう一人の友だち、マミエが、身をよじりながらスマートフォンを取り出した。
「せっかくだし写真撮ろう、写真」
「バズるかもね」
「アハハ!」
カシャ。
「そしたら、あたしもやってみよ!」
そう言って、マミエはひたいをカメラにかざした。
――六五.三。
また爆笑。
マミエは、これもカシャリと写真に収めた。
「アッハッハ!」
「やばくない?」
「あたしら平熱高すぎっしょ!」
ひとしきり笑ったあと、三人は相談した。
銭湯の受付はずっと向こうだからこちらは見えないし、他の客が検温結果を見ていたわけでもないし……。
「別によくない?」
「いいっしょ、いいっしょ!」
「いこいこ!」
一同は、手指の消毒だけ入念におこなって、店内へ進んでいった。
それから一時間後。
風呂から上がり、休憩所でみんなしてアイスを食べているときに、スマートフォンを見ていた希美が、急に青い顔になった。
「どったん?」
異変に気がついた凛子とマミエが訊いた。
「あのさ」
希美は、しぼりだした。
「さっきの検温の写真、インスタに上げたんだよ。いま見たら、コメントがついててさ」
「だれから?」
「知らない人。なんか、アイコンが真っ黒なの」
「えー、きも」
「で、なんて?」
「それ――」
希美の声は、震えていた。
「それ、余命じゃありませんかって。何か月の部分が、十進法で表されてるんじゃないかって……」
「…………」
一同は、それきり押し黙ってしまった。
みな、一九にさっきの数字を足して、思い思い、自分の人生について考えているのだった。
了
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